Frege/Bauch/Lotze

  • Sven Schlotter  “Frege's anonymous opponent in Die Verneinung”, in: History and Philosophy of Logic, vol. 27, no. 1, 2006

を読み直す。すると興味深い記述に出会った。
概念を一種の関数とみるFregeの見方はLotzeに由来するという意見があるが、それは言葉遣いが似ているだけで、ことがらそのものは異なっているとし、この点に関してLotzeに件のideaの優先権はなく、FregeがLotzeから概念の関数論的な見方を受け継いだというのは誤りであると論文著者のSchlotterさんは指摘した後、次のように述べています*1

Yet this by no means precludes the fact that Lotze's work, in other respects, had a significant influence on Frege. In this sense, we can understand Bauch's statement, with which he concluded a lecture before his colleagues in Jena:

I heard it myself from the mouth of Frege, our great mathematician, that for his mathematical −and, if I may add what Frege modestly did not mention− epoch-making investigations, impulses from Lotze were of decisive importance.

Fregeが自分への影響関係を語ったとされる証言として貴重な話ですね。引用文中、‘I heard’以下はBauchの手稿から取られたもので、この手稿はBauchの遺族の個人所有となっているようであり、一般には公開されていないみたいである。しかし「ロッツェからの刺戟が決定的な重要性を持った」というこの発言、Frege自身の口からLotzeの影響を認めている証言として非常に興味深い。もちろんBauchのこの手稿が事実をきちんと伝えているものであればということですが。
そしてさらに面白い指摘がSchlotterさんによってなされている。Bauchは雑誌Beitrage zur philosophie des deutschen Idealismus, Bd 1, 1918の45-58ページに“Lotzes Logik und ihre Bedeutung im deutschen Idealismus”という論文を書き、そこで当時のドイツの論理学があらゆる面でなんらかの形でその価値をLotzeの業績に負っていると語り、論理学研究におけるLotzeの影響と重要性を指摘している。このような指摘がなされたBauchの論文に続いて、どのような論文が掲載されているのかというと、実はあのFregeの論理学研究シリーズの一つを成す“Der Gedanke”論文が並んでいるというのである*2。実際上記雑誌のBauch論文に続く58-77ページがFregeの「思想」論文のようである。Lotzeの影響と重要性を指摘した論文の後に、Lotzeの影響を指摘され、自身もそのことを認めているFregeの“Gedanke”論文が来ているというのは、何だかできすぎていて面白い。ほんとかよ、っていう感じ。ほんとのようですが…。
しかし以上が事実だとすると、もしもこの雑誌を購読していた当時の人が初めから順番に論文を読んで行ってBauch論文の後にFregeのGedanke論文を読めば、普通はそのままLotzeの影響があることを意識してFrege論文を読んだことでしょうね。本当に実際そんなふうに当時の人が読んでいたとしたら、興味深いな、ありえそうな話ではある。

*1:Schlotter, p. 45.

*2:Schlotter, p. 46, n. 13.