CarnapとFBI。
両者はどんな関係にあるのだろう?
先日、以下の書評を斜め読みしていると、興味深い一節に出会う。
- Greg Frost-Arnold [Review of] “Alan Richardson and Thomas Uebel (eds.), The Cambridge Companion to Logical Empiricism, Cambridge University Press, 2007, 430pp., $34.99 (pbk.), ISBN 9780521796286.”, in: Notre Dame Philosophical Reviews, May 1, 2008
そこを引いてみよう。
Chapters 1 and 2 each close with the rise of National Socialism, which ushered in the demise of both the Vienna and Berlin Circles. This leads naturally to Chapter 3, where George Reisch discusses what happened to the proponents of scientific philosophy after the Nazis drove them from Europe. Reisch's chapter, which distills some of his recent book (Reisch 2005), answers the question: How and why did logical empiricist philosophy, after arriving in the US, lose its connection to socio-political issues and questions of value (articulated clearly in the logical empiricists’ 1929 Manifesto)? Reisch's answer: Neurath's Unity of Science movement, which "was the public, pedagogic, and scientific life of logical empiricism" (59), died because it was considered "broadly sympathetic to socialism at a time when America . . . [was] being scrubbed clean of red or pink elements" (60). The Unity of Science advocated rational planning of human activities, using a broadly scientific method; their notion of planning, however, sounded uncomfortably similar for some to fascist and socialist sentiments. Reisch's work draws on some surprising sources, e.g. the FBI files of Philipp Frank and Carnap.
Philipp Frank and CarnapについてのFBIによるファイルが存在するということで、さっそくそのReischさんの論考を本日すべて読んでみた。次の論考である。
- George A. Reisch “From “the Life of the Present” to the “Icy Slopes of Logic”: Logical Empiricism, the Unity of Science Movement, and the Cold War”, in A. Richardson and T. Uebel ed., The Cambridge Companion to Logical Empiricism, Cambridge University Press, Cambridge Companions to Philosophy Series, 2007
この論文の中に、‘Cold War Pressures: Carnap’という section がある。そこを読むとこうある。
CarnapはMcCarthyismの吹き荒れた1950年代、いくつかの運動や組織を支援していた。その支援していた運動とは、スパイの容疑で死刑判決が出されていた容疑者に、人道的な観点から減刑を求める運動や、中華人民共和国を国として認めるようアメリカ政府に働きかけていた運動などである。これらの運動は共産主義系の新聞によって公に支持されていた。
FBIはこれらの運動を支援しているCarnapを、潜在的な反体制分子と見なし、また、アメリカに共産主義を持ち込もうとしている大学教師のうちの一人ではないかと疑っていたようである。
そしてPrincetonやChicagoにいるCarnapの友人や同僚から、Carnapが共産主義的な活動と思わせるようなことをしていなかったかどうか、聞き出している。
しかし誰からもCarnapが共産主義のシンパだとの確証は得られなかった。だが、先に述べたような運動は確かにCarnapが支持しているものなので、疑念は消えなかったようである。
なお同じ section の中で、H. Reichenbachについても記述されているくだりがあり、それによるとCaliforniaにいたReichenbachと彼の家族は第二次世界大戦中、敵性外国人と分類され、夜間外出の禁止と旅行の制限を加えられていたらしい。このことはCarnapも知っていた。このようなReichenbachが亡くなった後、UCLAのReichenbachの後を継ぐpostを提供されたCarnapは、自分もReichenbachと同じ目にあうのではないかと、そのpostを受諾すべきか否か、迷ったようである。そして迷った挙句、思い切ってそのofferを受けたようである。
さて、Reischさんの論文によると、アメリカにはLogical EmpiricismとThe Unity of Science Movementが一つになって入ってきたようである。
どうやらLogical Empiricismがその理論的側面を表し、The Unity of Science Movementがその社会的・政治的側面を表している様である。そしてこの社会的・政治的側面は赤色をしている訳である。
この両者が相まって、主にNeurathの主導で入ってきたようだ。そしてChicagoとNew Yorkで受け入れられたらしい。
ChicagoではC. Morris, Carnapが受け皿となり、New YorkではあのErnst Nagelが主たる受け皿となっている。私は全然知らなかったのですが、あのNagelさんはかなり左寄りの方のようである。こうしてLogical EmpiricismとThe Unity of Science Movementは左翼系の人々に歓迎されていたようである。
その後、Neo-Thomistsに攻撃されたりしたが、アメリカのLogical Empiricism系の人々の旗色が悪くなるのは、StalinによるTrotskyへの陰謀や、同じくStalinによる農政改革が実は失敗しているらしいこと、そしてやはりStalinがHitlerと独ソ不可侵条約を秘密裏に結んでいたことが明らかになってからである。Sovietは危険である、共産主義の描く未来は幻想である、共産主義がアメリカを侵食しようとしている、これらの不安が湧き上がるにしたがって、左寄りのLogical EmpiricismとThe Unity of Science Movementは非難を受けるようになる。非難を受けるばかりでなく、FBIが身辺調査をLogical Empiricism/The Unity of Science Movementの構成員(Carnap, F. Frank)に対して行うまでになる。Frankに対しては、彼がアメリカにやってきたのは、高いレベルの共産党活動を組織化すべく入り込んできたのだという、ありもしない疑いをかけていた*1。
US vs. SovietというCold Warの中のMcCarthyismにより、左寄りと見られたLogical EmpiricismとThe Unity of Science Movementは知識人や大学人に忌避されて行く。このような中、政治色の洗い落とされたtechnicalなphilosophy of scienceが受容されて行く。Sovietに対するnational securityに貢献できるようなscientistsやphilosophers of scienceが求められるようになる。赤色ではなく、無色透明なLogical Empiricismの誕生である*2。こうして今に到るアメリカの分析哲学が生み出されたようである。私たちが今、しばしば目にしているのは、以上のようにして無色透明にされたLogical Empiricismだ、ということである。私たちが現在、しばしば受けるLogical Empiricismの解説は、以上のようにして無害化されたLogical Empiricismなのである。
私はアメリカに、Logical Empiricismをその源とする分析哲学が根付いたのは、Logical Empiricismが政治色を欠いた、technicalな哲学だから、赤狩り当時にその嵐を受けずに済み、無色透明なところが重宝されて、各大学でLogical Empiricism系の人々が多くpostを獲得できたのだろうと推測していたが*3、より正確には、その赤色が一旦洗浄された後のLogical Empiricismがアメリカに受け入れられたようである。初めから無色透明だったのではなく、McCarthyismを経て洗い落とされ、neutralにされた後で、あるいは潜在的に右側に資するようにされた形でLogical Empiricismは受け入れられたようである。
いずれにせよ、Logical Empiricismについては、その左寄りのスタンスを考慮せず、ただ単に意味の検証説や科学理論の何たるかなどの、理論的側面だけでそのすべてを評価・描写することは、ひどく一面的なことだろうと、近年の研究をちらほら読んでいて思います。
なおReischさんの論文のtitle “From “the Life of the Present” to the “Icy Slopes of Logic”: Logical Empiricism, the Unity of Science Movement, and the Cold War”のいみですが、冷戦前には現今の生活における問題を扱っていた左寄りのLogical Empiricism and the Unity of Science Movementが、冷戦後はneutralでtechnicalなphilosophy of scienceとなり、logicを使って解決するような瑣末な問題のパズル解きに頽落して行ったのだ、それが戦前におけるアメリカの分析哲学の起源であり、戦後におけるアメリカの分析哲学の歴史である、というようなことを表しているのではないかと思います。ただしReischさんは戦前がよくって戦後がよくない、というようなことは述べておられませんが。
PS
“Icy Slopes of Logic”という文言は Manifesto “Scientific World Conception. The Vienna Circle” に出てくるようです。次を参照。Thomas Uebel, “Carnap, the Left Vienna Circle, and Neopositivist Antimetaphysics,” in Steve Awodey and Carsten Klein ed., Carnap Brought Home: The View from Jena, Open Court Publishing, Full Circle: Publications of the Archive of Scientific Philosophy, vol. 2, 2004, p. 252. 2009年4月2日 記す。