入手文献: Kripke's Puzzle

ここ最近入手した文献の名を記す。

  • W.V.O.クワイン  「規約による真理 I」、古田智久訳、『精神科学』、日本大学哲学研究室、第44号、2006年
  • 同上     「規約による真理 II」、古田智久訳、『精神科学』、日本大学哲学研究室、第46号、2008年
  • 三平正明  「指標詞の論理: 「私」, 「今」, 「ここ」」、『精神科学』、日本大学哲学研究室、第44号、2006年
  • 同上   「必然性とア・プリオリ性」、『研究紀要』、日本大学文理学部人文科学研究所、第74号、2007年
  • 同上   「クリプキのパズル」、『精神科学』、日本大学哲学研究室、第46号、2008年
  • Thomas Mautner ed.  The Penguin Dictionary of Philosophy, 2nd ed., Penguin Books, Penguin Reference Books Series, 2005 (Penguin Books First Edition Published in 1996)
  • 安西徹雄  『新装版 翻訳英文法』、バベルプレス、2008年、初版1982年


上から1本目と2本目はQuineさんの有名な論文の翻訳。三分割して公表されるようで、そのうちの最初の二つが出たので入手。
三平先生の1本目は、D. KaplanのLogic of Demonstrativesにおいて、「私はここにいる」という文が論理的真理として前提されているが、それは誤りだと論証されている論文。
三平先生の2本目の論文では、必然的真理のクラスとa prioriな真理のクラスは一致するとする伝統的な見解に対し、Kripkeはそれを否定する主張を展開したが、Kripkeがその際に提示した、伝統的見解への反例だとする事例は、反例として適切ではないと先生は論じておられます。


三平先生の3本目は、Kripkeの信念のパズルを扱っておられます。


極めて大まか・簡略に言うならば、Kripkeの信念のパズルは、次のような意味合いを持っているものと思われる*1

通常恐らく、The Theory of Direct Referenceは、代入則(Substitutibity Principle)の普遍的な成立を含意するものと思われる。ここから次のように言えると考えられる。つまり、

    • The Theory of Direct Referenceが正しいとするならば、代入則(Substitutibity Principle)が成り立つ。TDR → SP.

この対偶を取れば、

    • 代入則が成り立たないならば、The Theory of Direct Referenceは正しくない。¬SP → ¬TDR.
    • ところで、ある種の信念文脈、例えば信念文に関するFrege's Puzzleに見られるような信念の文脈では、代入則が成り立たない。¬SP.
    • 故にThe Theory of Direct Referenceは正しくない。¬TDR.

こうして代入則が成立しない文脈がある限り、The Theory of Direct Referenceは正しくないものと考えられる。

ところで、KripkeはThe Theory of Direct Referenceが正しいものと主張していた。そうするとこの理論を擁護しようとする彼は、代入則が成り立たない指示的に不透明な文脈があるとするFrege's Puzzleに対し、どう答えるのかが問われることになる。これに対しKripkeは信念文に関するあるパズルによると、代入則とは無関係に、そのようなパズルが生じることが示される。ここからKripkeによると、信念文に見られるある種のpuzzleは、代入則の成立・不成立に関係なく、より深いところで我々の信念や信念文に対する理解・観念に、何か重大な欠陥があるものと推測されるのだと診断しているようである。信念文に見られるある種のpuzzleの原因は、代入則に問題があるのではなく、もっと一般的で基本的な、我々の信念に関する理解・観念に、問題の根があるのだ、という訳である。こうして代入則不成立の責めから逃れることにより、Kripkeは自ら主張しているThe Theory of Direct Referenceを擁護しようとしているようである。

以上のようなKripkeの信念文のpuzzleに対し、三平先生は反論されている。Kripke's Puzzleによると、我々の信念や信念文に対する理解・観念に、何か重大な欠陥があるものと推測されることになるが、そもそもKripkeの論証には、許容し難い前提が立てられている。それは、極めて頭のよい第一級の論理学者がいれば、もしも彼女が矛盾した信念を抱くことがあったとしても、彼女はすぐそれに気が付くはずだ、というものである。これは、もっともらしいように感じられるが、必ずいつも普遍的に妥当するものとは思われない。このような無理な前提を立てるが故に、Kripkeは、我々の基本的な信念理解に対し、欠陥をあげつらうというような誤謬に帰着してしまっているのである。問題は我々の信念理解の中にあるのではなく、Kripkeの立てる前提の中にあるのである。
以上が、大まかな、ひどく大まかな、私の解釈を入れた、三平先生論文の論旨です。正確には先生の論文を参照して下さい。


上記入手文献中のThe Penguin Dictionary of Philosophy, 2nd ed. は、小型の辞書の割にはかなり努力のあとがうかがえる辞典です。他の辞書には載っていない用語や、哲学大事典の類いにも載っていない用語がたくさん出てきて、かなりすごいです。それに普段、わずかなものですが、読書・勉強していても、なかなか出会わないような言葉も掲載されています*2。しかも有名な研究者が多数寄稿しています。D. Armstrongの項目はD. Armstrong自身が、H. Putnamの項目はH. Putnam自身が、Quineの項目はQuine自身が、J. Searleの項目はJ. Searle自身が書いています。難読語には発音記号が振ってあり*3、哲学の専門用語ではないが、哲学の文献でよく見かけるようなラテン語の成句の類いも掲げられています。小さい辞書なのに結構使える辞典です。1st ed. は既に持っていたが、本のページが黄ばんでかなり汚くなってきたので、今回2nd ed. を購入。この2nd ed. では、Neo-Fregeanの‘Hume's principle’も手短ながら出てきています。

*1:これは極めて大まかで簡略化した説明です。私自身の理解と解釈が入っています。私は信念文のpuzzleを巡る論争には極めて無知です。私がわかっている限りの説明を以下で与えているだけですので、正しくはしかるべき文献に当たっていただくか、しかるべき方にご確認下さい。間違っている可能性が非常に高いです。間違っていたら済みません。

*2:例えば‘sistology,’ ‘Trendelenburg gap’など。 少なくとも私はこれらの言葉をこの辞書で初めて知りました。その他に、本や論文で見かけはするものの、まず他の辞書ではなかなかお目にかかれないような言葉、人名もあります。例えば‘‘Kripkenstein’,’ ‘Kanger, Stig,’ ‘p, q, r ... ,’ ‘Scandinavian Realism,’ ‘turnstile,’ ‘Blackburn, Simon,’ ‘Cambridge change,’ ‘T-sentence,’ ‘tilde,’ ‘Tugendhat, Ernst,’ ‘Uppsala School,’ ‘erotematic, erotetic,’ ‘esse est percipi’などなど。切りがないのでここでやめておきます。

*3:項目‘Chisholm, Roderick’ではこの名前の読み方を /'t∫izm/ としている。‘ ' ’はアクセント記号。日本語読みするなら「チズム」というところだろうか。「チザム」、「チゾム」よりも「チズム」の方がいいのかもしれない。但し三省堂の『固有名詞英語発音辞典』によると /t∫izm/ の z と m の間に e の逆立ちした文字を入れている。