まず、Frege に関係している、刊行予定の論文から。

  • Francesca Boccuni  “Plural Grundgesetze,” forthcoming in Studia Logica
  • Rafal Urbaniak  “Neologicist Nominalism,” forthcoming in Studia Logica
  • Andrew D. Irvine  “Frege on Number Properties,” forthcoming in Studia Logica
  • Gilead Bar-Elli  “Analyticity and Justification in Frege,” forthcoming in Erkenntnis


次にその他の英語文献。

  • Pieter A. M. Seuren  “How I Remember Evert Beth,” forthcoming in Synthese
  • Rafal Urbaniak   “Lesniewski's Systems of Logic and Mereology: History and Re-Evaluation,” Ph.D. Thesis, Advisor, Richard Zach, University of Calgary, 2008
  • Ian Rumfitt  “Logical Necessity,” in Bob Hale and Aviv Hoffmann ed., Modality: Metaphysics, Logic, and Epistemology, Oxford University Press, 2010
  • Bob Hale and Aviv Hoffmann  “Introduction,” in Bob Hale and Aviv Hoffmann ed., Modality: Metaphysics, Logic, and Epistemology, Oxford University Press, 2010


そして日本語による文献。

トゥールミン、ジャニクさんの平凡社ライブラリー版は、なぜか今まで購入してこなかった。元々の TBS ブリタニカ版を、古書ではあるが持っているからということもある。コンパクトな平凡社ライブラリー版も入手しておいていいかなと思っていたが、現在品切れのようである。しかしどういう訳か上手い具合に新刊書店の棚に、いつもはなかったのに今日見るとそこにあるのを見つける。小口があまりきれいではないが、新刊ではもはや手に入りにくくなっているので、つべこべ言わずに入手しました。
ハーフさんの本は、Heidegger と Carnap を考える上で参考になるかもと思い、前からほしかったのですが、今回復刊されましたので購入しました。ちらちら拾い読みしていると、Heidegger さんの政治的スタンスというのは、見当違いだと思いますが、日本で言えば、和魂洋才のような構えを持っていたのかなと、ふと、思いました。ゲルマン魂あるいは Pre-Socratic の心情を復活ないしは温存しつつ、いかにして高度な機械による生活様式への圧倒的な一新に対応していくのか、ということが、重要な課題としてあり、しかしこの和魂と洋才に上手く折り合いを付けることができず、Nazism という洋才から、Poesy という和魂の故郷へと撤退していく過程が、Heidegger 氏の戦中から戦後へかけての流れだったのでしょうか。全く思い付きで記していますけれど…。それはそれとして、Carnap がいかなるいみで modernist だったのか、また彼の政治的スタンスが、どのような形で彼の哲学に反映されているのか、そして Heidegger と Carnap の政治的スタンスが、いかなる形態を取って両者の哲学的闘争という形で現れていたのか、これらのことも考えてみたいです。
自然数の概念と sortal concepts に興味がある。そこで sortals の元々の出所であろう生物学の種問題を一通り勉強しておく必要がある。という訳で、網谷先生の論文を入手させていただきました。また勉強させていただきます。