In 1906, Did Frege Concede That his Logistic Programme Failed?

Frege は自身のいわゆる logicism を晩年に放棄したとされています。Frege の logicism が正確に言って何であるのかは、話が長くなるのでここでは述べません。いずれにせよ、Frege は自身の logicism を放棄したと考えられていますが、それはいつのことだったのでしょうか。


Frege についての研究者で、最も影響力があると考えられている Dummett さんの見解を聞いてみましょう。次に引用するのは、こちらの文献からのものです。

それでは引用してみます。

From his unpublished writings, we can pinpoint the moment at which he [Frege] discovered this catastrophic fact [that he could not even prove the theorem that 0 does not equal 1]. In 1906 he began writing a reply to an article by Schoenflies on the paradoxes of set theory, […] *1

The article was never completed and never submitted, however; but his plan for it contains an item showing clearly that, when he drew it up, he still believed in his solution to the contradiction:


Russell's contradiction cannot be eliminated in Schoenflies's way. Concepts which agree in their extension, although that extension falls under the one but not under the other.


The draft breaks off before this point. *2

It is plain enough what had happened. In the course of writing his anti-Schoenflies article, presumably as the result of a belated enquiry into the consequences for the proofs of Grundgesetze of the weakening of Axiom (V) proposed in the Appendix, Frege had come to realise that his solution to Russell's contradiction did not work. *3

Now he was faced with the realisation that he had not even found the way to it [ i.e., the way to the justification for recognising the numbers as objects]. His life's work had been to construct a definitive foundation for number theory and analysis, so that their content and their justification need never again be thought problematic, and he had believed that he had succeeded: now he had to acknowledge that he had failed. *4

We may thus set the date of his discovery that his solution of Russell's contradiction would not work between April and early August, 1906. We need not suppose that he ever knew that the modified system was still inconsistent, though he may possibly have suspected it: if you cannot prove that 0 and 1 are distinct, you are unlikely to be able to prove the values true and false distinct, and may even be able to prove their identity. *5

これを読むと、穿った解釈でも与えない限り、Frege が彼のいわゆる logicism を放棄したのは、1906年のことだ、と Dummett さんは言っているものと思われます。


さて、先日私はこの日記で Frege の書簡の一部を引用しました*6。ここにその一部をもう一度引用してみたいと思います。次に引用する文は、1910年に書かれたとされている Frege の書簡からのものです。

  • Gottlob Frege  ''XXI/9 Frege an Jourdain,'' in: Wissenschaftlicher Briefwechsel, Hrsg. von G. Gabriel, H. Hermes, F. Kambartel, C. Thiel und A. Veraart, Felix Meiner Verlag, Nachgelassene Schriften und Wissenschaftlicher Briefwechsel, Zweiter Band, 1976, 邦訳、G. フレーゲ、「書簡 9 フレーゲよりジャーデイン宛」、『フレーゲ著作集 第 6 巻 書簡集 付 「日記」』、野本和幸編、勁草書房、2002年

引用してみます。

Und nun hat sich grade gezeigt, dass bei der Einführung der Klassen eine Schwierigkeit entsteht (die contradiction Russells).

[…]

Die Schwierigkeiten, die mit dem Gebrauche der Klassen verbunden sind, fallen weg, wenn man nur von Gegenständen, Begriffen und Beziehungen handelt, was in dem grundlegenden Theile der Logik möglich ist. Die Klasse ist nämlich etwas Abgeleitetes, während wir im Begriffe - wie ich das Wort verstehe - etwas Ursprüngliches haben. Demgemäss sind auch die Gesetze der Klassen weniger ursprünglich als die Gesetze der Begriffe, und es ist nicht sachgemäss, die Logik auf die Klassengesetze zu gründen. Die logischen Urgesetze dürfen nichts enthalten, was abgeleitet ist. Man kann die Arithmetik vielleicht als weiter entwickelte Logik ansehn. Damit ist aber gesagt, dass sie im Vergleich zur grundlegenden Logik etwas Abgeleitetes ist. *7


そして、いまでは明らかなとおり、クラスを導入すれば困難が生じるのである (ラッセルの矛盾)。

[…]

クラスの使用に結びついた諸困難は、対象や概念や関係のみを取り扱うことにすれば解消する。そして、それは論理学の基本的な部分に関しては可能である。すなわち、クラスはなんらかの派生的なものであり、他方、我々は概念 −私がこの語をそう理解するかぎりでの− において、なんらかの根源的なものを有する。したがって、概念の法則はクラスの法則よりも根源的なものであり、論理学をクラスの法則に基づかせるのは適切さを欠いている。論理学の基本法則は、派生的なものをなにひとつとして含まない。ひとはおそらく算術を一層展開された論理学と見なすことができるであろう。ということは、しかしながら、算術は、基礎的な論理学に比べれば、なんらかの派生的なものである、と言われることになる。 *8

'Man kann die Arithmetik vielleicht als weiter entwickelte Logik ansehn.' この文を含む上記の引用文を、特に穿った解釈を持ち込まずに読む限り、ここではいわゆる logicism が主張、擁護されているものと考えられます。最初に引用した Dummett さんの文章では、Frege は1906年に logicism を放棄しているとされているのでした。一方、今引用したばかりの Frege 自身による、1910年の書簡では、logicism が主張されているように見えます。


また、この同じ1910年頃、Carnap さんは、大学で Frege の講義を聴講していました。そして、そこで Frege は次のような話をしたと Carnap さんは言っています。その話の典拠をまず記します。

  • Rudolf Carnap  ''Intellectual Autobiography,'' in Paul Arthur Schilpp ed., The Philosophy of Rudolf Carnap, Open Court, The Library of Living Philosophers, vol. 11, 1963

引用してみます。

In the fall of 1910, I attended Frege's course ''Begriffsschrift'' (conceptual notation, ideography), out of curiosity, not knowing anything either of the man or the subject except for a friend's remark that somebody had found it interesting. We found a very small number of other students, there.

[…]

Toward the end of the semester Frege indicated that the new logic to which he had introduced us, could serve for the construction of the whole of mathematics. This remark aroused our curiosity. *9

'Frege indicated that the new logic to which he had introduced us, could serve for the construction of the whole of mathematics.' この文を含む今しがたの引用文を、特段穿った解釈を持ち込まずに読むならば、ここではいわゆる logicism が主張されていると考えられます。一番最初に引用した Dummett さんの文では、1906年に Frege は logicism を放棄していると言われていました。一方で、今引用したばかりの Frege による講義の、Carnap さんによる記録に依拠するならば、1910年秋学期の講義では、logicism が Frege により主張されているように思われます*10 *11


ここで最初の疑問に戻りましょう。Frege は晩年に自身の logicism を放棄したとされていますが、それはいつのことだったのでしょうか。Dummett さんによると、1906年のことであるとされています。しかし、Frege 自身の書簡と、Carnap さんによる証言を見るならば、1910年の段階で、Frege は logicism をまだ主張していたように見えます。
今の私には、正確に言って、いつ Frege が logicism を放棄したと言えるのか、その確たる答えを持ち合わせていませんが、少なくとも上記のわずかばかりの文献的証拠から、Dummett さんの説が、そのままでは受け入れられないものであるということがわかると思います。少なくとも Dummett 説は、慎重に確認を要するものと考えられます。


以上、ささやかなものですが、Frege がいつ logicism を放棄したのかについて、そのことを検討する、ほんの少しの材料を、ここに memorandum として、記しておきます。
なお、今回触れた問題については、2008年9月24日の当日記、項目 'When Did Frege Really Recognize the Collapse of His Grundgesetze System After He Encountered Russell Paradox?' でも少し、記しております。


最後に。上記の事柄の中に、誤解や無理解や、勘違い、見当違いなこと、および誤字、脱字などが含まれていましたら、お詫び致します。

*1:Dummett, p. 5.

*2:Ibid.

*3:Ibid., pp. 5-6.

*4:Ibid., p. 6.

*5:Ibid.

*6:2011年11月20日の日記。

*7:Frege, ''XXI/9 Frege an Jourdain,'' S. 121.

*8:G. フレーゲ、「書簡 9 フレーゲよりジャーデイン宛」、203-204ページ。

*9:Carbap, p. 5.

*10:但し、G. Gabriel さんは、直前で引用した Frege による、logicism の主張と思われる発言は、私たちが通常思うような logicism ではないと、しておられます。一般には、論理学の言葉だけから成る公理と、数学の概念を論理学の言葉だけで定義した定義式とを使い、論理学上の規則を利用しながら、数学の定理を証明してみせることが、大まかながら、私たちが普段想起するような logicism だと考えられますが、直前の引用文の Frege の発言は、そのような logicism の表明ではなく、その発言の真意は、単に数学の様々な分野で使われている証明の手段、方法が、論理的なものだ、というにすぎないと、Gabriel さんは述べておられます。See Gottfried Gabriel, ''Introduction: Frege's Lectures on Begriffsschrift,'' in Erich H. Reck and Steve Awodey ed., Frege's Lectures on Logic: Carnap's Student Notes, 1910-1914, Open Court, Full Circle: Publications of the Archive of Scientific Philosophy, Hillman Library, University of Pittsburgh, vol. 1, 2004, p. 6. しかし、Gabriel さんのこの考えは、その根拠を私の方で見てみる限り、決定的なものとは感じられませんでした。Gabriel さんのように考えなければならないという必然性は、ないものと私には思われます。Gabriel さんのように考える他はない、その他に選択の余地はない、というものではないと思います。Frege 自身が実際にその通りのことを、そのまま述べているとか、事実上そう述べているものと考えざるを得ないというような Frege の発言の箇所も、Gabriel さんは指摘しておられません。Gabriel さんのように考える余地はある、というまでで、そう考えざるを得ない、とまでは、なっていないと私は思います。

*11:なお、蛇足ながら、今の Gabriel さんの論考が収められている本には、Carnap さんの ''Intellectual Autobiography'' の、original, unpublished version の一部が掲載されていて、少し貴重です。See Erich H. Reck and Steve Awodey, ''Frege's Lectures on Logic and Their Influence,'' in their Frege's Lectures on Logic: Carnap's Student Notes, 1910-1914, pp. 18-21. この original, unpublished version は、UCLA に保管されている Carnap Papers からのもののようです。See p. 18, n. 3.