2011年読書アンケート

この一年間に拝見させていただいた文献で、私の印象によく残ったものを挙げてみます。
まず Frege 関係。出版年の降順で記載します。

  • Ignacio Angelelli  ''The Mystery of Frege's "Bedeutung",'' in: Revista Patagónica de Filosofía (Patagonian Journal of Philosophy), vol. 2, no. 1, 2000
  • Ignacio Angelelli  ''Frege's Notion of ''Bedeutung'','' in L. Jonathan Cohen, Jerzy Los, Helmut Pfeiffer, Klaus-Peter Podewski ed., Logic, Methodology, and Philosophy of Science VI: Proceedings of the Sixth International Congress of Logic, Methodology, and Philosophy of Science, Hannover, 1979, North-Holland, Studies in Logic and the Foundations of Mathematics, vol. 104, 1982

この2本の論文は古いものですが、これらを読んで、改めて ''Über Sinn und Bedeutung'' の全体を俯瞰的に眺め直してみると、恥ずかしながら、今まで私は全く気が付かなかったのですが、この Frege の論文が、「宵の明星」や「明けの明星」などの、いわゆる固有名のいみに Sinn と Bedeutung を区別すべきであるということが、主として論じられているものなのではなく、特に主文と副文を合わせた複合文一般の、主張力を取り去った文基の Bedeutung が真理値であることを論じている論文であるということに、今さらながら気付かされました。随分気が付くのに遅すぎるとは思いますが、仕方がないですね、いつも理解が遅い人間ですので…。それでも、この非常に有名な ''Über Sinn und Bedeutung'' 論文が、何を目的として書かれているのかについて、有名な専門家の先生でも、間違ってしまっているようなので*1、私が間違え、理解ができていなかったとしても、全く不思議ではありませんが…。いずれにせよ、この ''Über Sinn und Bedeutung'' 論文が、そもそも何をやっているのかについて、基本に返って反省を促されたという点で、Angelelli 論文には感謝致します。


次に Leśniewski 関係。出版年の降順で記載。

  • 藁谷敏晴  「論理的存在論について」、中川純男、田子山和歌子、金子善彦編  『西洋思想における「個」の概念』、慶應義塾大学出版会、2011年
  • Toshiharu Waragai  ''On Understanding the Axiom of Lesniewski′s Ontology,'' in: 『東京工業大学 人文論叢』、第21号、1995年
  • 藁谷敏晴  「レシニェフスキー存在論ラッセルの記述理論」、『科学基礎論研究』、第20巻、第3号、1991年
  • Toshiharu Waragai  ''Ontology as a Natural Extension of Predicate Calculus with Identity Equipped with Description,'' in: Annals of the Japan Association for Philosophy of Science, vol. 7, no. 5, 1990

最後の論文の証明の部分はまだきちんと follow していないのですが、これらの論文を拝見させていただいて、全く今さらながら教えられたのですが、Leśniewski の Ontology の、最初に発見された longer version の単一公理 (AO) が、Russell の記述の理論における定冠詞の文脈的な定義式の一例と、そっくりであるということを知りました*2。これも気が付くのが遅すぎるというか、全くわかっていなかったというか、あまりの勉強不足に何だか恥ずかしい思いがします。我ながらひどすぎるな…。これも仕方がない、自分は能力が激しく不足している人間なので…。


余談: 藁谷先生の論考中の証明や論理式には、しばしば誤植が見られます。なかには、誤植があまりにも多すぎて、証明がまったく follow できないものもあります。上記の諸論文に対し、私が気が付いた誤植の類いをいくつか挙げてみます。
上記の第一論文「論理的存在論について」では、その第一ページ目に当たる 287ページの式 OL に関し、この式の最後にもう一つ、カッコ閉じるに相当する丸カッコが必要ですが、抜けてしまっています。
上記の第二論文 ''On Understanding ... '' では、その p. 15 に、いわゆる the first single axiom of Ontology (AO) の証明が掲載されています。13行だけの短いものですが、1行目から既に誤植が生じており、9~12行目の各行は、単なる誤植とは言い得ないほどの多量の誤植が現れています。特に11行目は壊滅的です。11行目はこのように印刷されています。すなわち

    • sol(a) .≡. [ab](aεb∧bεa .⊃. aεb)

しかし正しくは次の通りです。

    • sol(a) .≡. [xy](xεa∧yεa .⊃. xεy)

右辺に現われる項のほとんどが、全然別の項に書き換えられています。私は最初、この13行から成る証明を一読した際、全く証明の各ステップを follow できず、困惑してしまいました。これほど激しい誤記・誤植も珍しいと思います。(この論文には他のページにも誤植があります。)
また、上記の第一論文「論理的存在論について」が載っている論文集『西洋思想における「個」の概念』には、藁谷先生の論文がもう一本掲載されています。「三段論法における単称命題の特殊性に関するライプニッツの要請について」です。この論文中の313ページに、今述べたのと同じ公理 AO の証明が載っていますが、この証明も第二論文 ''On Understanding ... '' と同じ誤植の嵐に見舞われています。(おそらく論文「三段論法における…」内の証明は、第二論文 ''On Understanding ... '' 内の証明を見直すことなくそのまま引用されているのだろうと推測します。)
加えて上記第三論文「レシニェフスキー存在論と…」の第一ページ目に当たる49ページにおいて、公理 AO が提示されていますが、この式の一番最後の丸カッコは不要です。つまり丸カッコが一つ多すぎます。
このように、先生の論文中には、誤植がかなり頻繁に見られ、時に読むのに苦労してしまいます。論文内容は興味深いにもかかわらず、上述のごとき瑕疵がしばしば見られることは残念なことです。先生の論文を読まれる方は、ゆっくり読まれる方がよろしいかと思います。なお、私の方が実は間違っていて、先生の方が正しかったならば、謝ります。大変申し訳ございません。その場合は、訂正させていただきます。*3


閑話休題。その他に、まだ一部しか読んでいませんが、今年に出た本で、大変重要と考えられる書籍を挙げておきます。

  • Bernard Linsky  The Evolution of Principia Mathematica: Bertrand Russell's Manuscripts and Notes for the Second Edition, Cambridge University Press, 2011
  • Richard G. Heck, Jr  Frege's Theorem, Clarendon Press / Oxford University Press, 2011

*1:この点について、説明した文章を、以前に書いた。また何かの機会にこの日記に up できればと思っています。

*2:このことについて、説明した文章を書いた。後日その文章をこの日記に up するかもしれません。しないかもしれませんが…。2012年1月15日追記: このことを説明した文章を、2012年1月15日の日記で記しています。

*3:ここでの余談に関しては、2012年1月8日の日記も参考になるかもしれません。