Frege's Horizontal Stroke is Indispensable for his Grundgesetze System.

Grundgesetze der Arithmetik において、いわゆる水平線がないと Frege が困ってしまう理由を以下に記します。この理由は非常に簡単に述べることができるので、個人的にはちょっと驚いてしまいます。なお、以下に述べる理由は、Gregory Landini さんの論文を読んで教えられたことであって、私が発見したり、考え出したりしたものではありません。手柄のすべては Landini さんのものです。その論文名と、そこでの該当するページは、次の通りです。

  • Gregory Landini  ''Decomposition and Analysis in Frege's Grundgesetze,'' in: History and Philosophy of Logic, vol. 17, no. 1, 1996, pp. 123-124, 138.

Grundgesetze において、なぜ水平線がないとまずいのでしょうか、なぜ水平線が必要となってくるのでしょうか。水平線なるものは、現在、大学で通常教えられている論理学には出てきません。そのようなものがなくても論理学はうまくやっていけます。なのに、どういう訳か、Frege の論理学では、必ず出てきます。私たちの普段の論理学では全く出てこないものが、わざわざ Frege の論理学では出てくるのです。そのような変わった device / mechanism など、いらないように私たちには感じられます。そのようなものなど無視して論理学を考えることはできますし、Frege の論理学も、そのようなものなど無視して現代流に捉えても、特に問題が生じないようにも思えます。しかし、そういう訳にはいかないことが、以下の記述からわかると思います。それでは Grundgesetze において、水平線がないと Frege が困ってしまう理由を記してみましょう。なお、その記し方についてですが、よく言えば、非常に丁寧に、悪く言えば、極めてくどい仕方で記します。その方が、Frege に詳しくない方でも、理解できるでしょうし、私の記述が間違っているかどうかも、判断しやすいと思います。私の説明が間違っておりましたら、謝ります。大変すみません。


Frege は Grundgesetze において、次の定理 (IVa) を証明しています。

    • (IVa)  ⊢ −( − b → − a ) → −( −( − a → − b ) → −( − a = − b ) )

Frege はこの定理を、二次元的な、縦と横へと同時に伸びる式で表していますが、ここではそのように表現することができませんので、便宜上、一次元的な、横へ延びるだけの式で表し、加えて Frege が使っていない現代の論理学における記号を援用しています。

この定理に現われている矢印 '→' は、条件法記号です。また、'=' は等号です。この他に、この定理の中ではたくさんのマイナス記号のような表現が現れていますが、それらはマイナス記号ではなく、すべて水平線を表しています。それから、式の先頭にある表現 '⊢' を構成している横棒 '−' も水平線です。

Frege の Grundgesetze では、a, b, c, ..., などの Latin alphabet は、任意のものを表します*1。したがって、定理 (IVa) は、任意のものについて成り立つ定理だということです。それでは、その定理が任意のものについて成り立つと言うのなら、実際にその通りか、見てみましょう。例えば、a に 2 を、b に 4 を代入してみましょう。すると、先の定理は次のようになります。

    • (1)  ⊢ −( − 4 → − 2 ) → −( −( − 2 → − 4 ) → −( − 2 = − 4 ) )

この式の前件が正しい場合に、後件も正しくなるかを確認し、全体が正しい主張であるかを見てみます。

まず最初に、水平線は関数の一種だったことを思い出しましょう。それは、真理値真を入力すれば、真理値真を出力し、真理値真以外を入力すれば、真理値偽を出力する関数でした。その上で、式 (1) 全体のうち、前件となっている

    • (2)  −( − 4 → − 2 )

を見てみましょう。このうちの

    • − 4

は、水平線関数に数の 4 が代入されています。数の 4 は真理値真ではありません。したがって、水平線関数に 4 が代入された結果、出てくるのは真理値偽です。つまり、'− 4' は、真理値偽を表しています。このことを (2) に反映させるように書くと、

    • (3)  −( 偽 → − 2 )

となります。次に、(3) における − 2 を見てみましょう。これは水平線関数に数の 2 が代入されていますが、数の 2 は真理値真ではないので、− 2 は真理値偽を表します。このことを (3) に反映させるように書き込むと、

    • (4)  −( 偽 → 偽 )

となります。この式の丸カッコ内は、普通の条件文です*2。条件文の前件と後件がともに偽である場合は、その条件文全体は真になるのでした。したがって今の式の丸カッコ内は真を表します。そのことがわかるように今の式を書き直すと、

    • (5)  − 真

となります。丸カッコは省きました。さて、この式では水平線関数に真理値真が代入されています。水平線関数は真理値真を代入すると、真理値真が返ってくるのでした。したがって、(5) は、その全体で真理値真を表しますので、次のように書き直すことができます。

    • (6)  真

この結果を、(IVa) の具体例であった (1) に反映させるように書き込むと、以下のようになります。

    • (7)  ⊢ 真 → −( −( − 2 → − 4 ) → −( − 2 = − 4 ) )

今度はこの式の後件を調べてみましょう。

    • (8)  −( −( − 2 → − 4 ) → −( − 2 = − 4 ) )

この式の中の

    • − 2 → − 4

は、先ほどと同じ考え方で分析できます。水平線関数に数の 2 と 4 を代入した結果は偽です。

    • 偽 → 偽

そしてこの式は全体として真です。これを先の (8) に当てはめると

    • (9)  −( − 真 → −( − 2 = − 4 ) )

となります。そして、

    • − 真

は全体として真ですから、今の式は

    • (10)  −( 真 → −( − 2 = − 4 ) )

と書けます。これを

    • (7)  ⊢ 真 → −( −( − 2 → − 4 ) → −( − 2 = − 4 ) )

に当てはめると、

    • (11)  ⊢ 真 → −( 真 → −( − 2 = − 4 ) )

となります。続いて、この式の中の

    • −( − 2 = − 4 )

を確認してみましょう。先ほどから述べているように、− 2 は偽を、− 4 も偽を表すのでした。したがって今の式は

    • − ( 偽 = 偽 )

と書けます。この丸カッコ内の「偽 = 偽」ですが、偽は偽にもちろん等しいので、この丸カッコ内は真を表します。それを丸カッコ内に書いて、それから丸カッコを省略すると

    • − 真

となります。これは全体として真を表します。したがって、

    • (11)  ⊢ 真 → −( 真 → −( − 2 = − 4 ) )

を書き直しますと、

    • (12)  ⊢ 真 → −( 真 → 真 )

となります。この丸カッコ内は、普通の条件文です。条件文の前件と後件がともに真である場合は、その条件文全体は真になるのでした。よって今の式は次のようになります。

    • (13)  ⊢ 真 → − 真

この式の後件は全体として真を表します。そうすると

    • (14)  ⊢ 真 → 真

となります。この式の「真 → 真」は、普通の条件文ですので、「真 → 真」は全体として真です。すると

    • (15)  ⊢ 真

となります。この式の、左端の縦棒 (いわゆる垂直線) ' | ' より右の

    • − 真

は、先ほどからの話の通り、全体として真を表します。したがって

    • (15)  ⊢ 真

の、左端の縦棒 (いわゆる垂直線) より右の表現は、真であり、この結果、最終的に

    • (1)  ⊢ −( − 4 → − 2 ) → −( −( − 2 → − 4 ) → −( − 2 = − 4 ) )

は、確かに真であることを主張していることがわかります。



さて、先ほどから検討している定理 (IVa) には多数の水平線が出ていますが、もしも水平線がなくていいのなら、

    • (IVa)  ⊢ −( − b → − a ) → −( −( − a → − b ) → −( − a = − b ) )

は、次のように書いてもよいでしょう。

    • (IVa*)  ⊢ −( − b → − a ) → −( −( − a → − b ) → −( a = b ) )

(IVa) の右端にあった表現 '− a = − b' が、(IVa*) では 'a = b' とされており、等号の両辺にあった水平線が削除されているところが変更されています。


それでは今度は、この (IVa*) が普遍的に成り立つか、確認してみましょう。(IVa) と (IVa*) の違いは、それぞれの式の右端の、等号の両辺にあるのでした。それ以外は同じですので、(IVa*) 内の等号の式 '−( a = b )' よりも左の部分は、上での (IVa) の分析と同じになります。上と同様に、(IVa*) の a に 2 を、b に 4 を代入すると、

    • (1*)  ⊢ −( − 4 → − 2 ) → −( −( − 2 → − 4 ) → −( 2 = 4 ) )

となります。この式が成り立つか、確認してみます。詳しい説明は一部省略し、この式の '−( a = b )' よりも左の部分について、段階的な分析結果を順番に書いてみましょう。すると、こうなります。

    • (2*)  ⊢ −( 偽 → 偽 ) → −( −( 偽 → 偽 ) → −( 2 = 4 ) )
    • (3*)  ⊢ −( 真 ) → −( −( 真 ) → −( 2 = 4 ) )
    • (4*)  ⊢ 真 → −( 真 → −( 2 = 4 ) )

ここで、(4*) のなかの '2 = 4' を見てみましょう。これは真でしょうか、偽でしょうか。言うまでもなく、偽です。それを (4*) に当てはめてみましょう。

    • (5*)   ⊢ 真 → −( 真 → −( 偽 ) )

この式の '−( 偽 )' は、水平線関数に偽が代入されているので、全体としても偽です。すると、

    • (6*)   ⊢ 真 → −( 真 → 偽 )

となります。この式の丸カッコ内は普通の条件文です。条件文の前件が真でかつ後件が偽の時は、その条件文は全体として偽になるのでした。したがって今の式は、

    • (7*)   ⊢ 真 → −( 偽 )

となります。そしてこの式の後件は全体として偽ですから、

    • (8*)   ⊢ 真 → 偽

となります。そしてこの式の「真 → 偽」は、偽ですので、

    • (9*)   ⊢ 偽

となります。この式の左端の縦棒であるいわゆる垂直線より右の表現

    • (10*) − 偽

は、全体として偽になります。つまり (10*) は

    • (11*) 偽

を表しています。(10*) の左端に垂直線を付したものが (9*) になるのですが、そうやってできた (9*) は、(11*) を見ればわかるように、偽を主張していることになりますから、最終的に

    • (1*)  ⊢ −( − 4 → − 2 ) → −( −( − 2 → − 4 ) → −( 2 = 4 ) )

は、偽を主張していることになり、

    • (IVa*)  ⊢ −( − b → − a ) → −( −( − a → − b ) → −( a = b ) )

は、普遍的には成り立っていない、反例が存在する、ということがわかります。


以上のようにして、(IVa) を通し、水平線なるものが、一見瑣末で不必要なものと感じられるからと言って、それを Grundgesetze において、無思慮に一部削除してしまうと、成り立つべき定理も成り立たなくなってしまうということが確認できました。Grundgesetze において、水平線はなくてもよさそうに思えることがあったとしても、それをなくしてしまうと、本来定理であったものが定理でなくなってしまう結果を招きます。これは不都合なことのように思われます。

しかし*3、水平線を一部消し去ってしまったことにより、定理 (IVa) が定理でなくなってしまったとしても、構わないかもしれない、と思われるかもしれません。定理として証明できないような式が一つぐらいあったとしても、それはそれで構わないのではないか、仮に Grundgesetze から、矛盾を引き起こすと考えられている基本法則 (V) を抜いた体系を設定し、それがもしも無矛盾ならば、そこでは少なくとも一つは演繹できない式があるだろうし、そのような式が、先ほどからの (IVa) だとしても、それで構いはしないのではないか、Frege は (IVa) を定理としているかもしれないが、煩雑で余計な水平線を削除し、より simple で扱いやすい体系を得られるのならば、必要性の少ない定理や影響の小さい定理が一つや二つ、定理でなくなったとしても、さしたることもないのではなかろうか、このように思われるかもしれません。

ですが、定理 (IVa) は、役割の小さい定理とは、言い得ないところがあります。むしろ、この定理は非常に大きな役割を担った定理であり、この定理を無みすることは極めて問題があります。と言うのも、Frege はいわゆる Hume's Principle を Grundgesetze において証明する際に、この定理 (IVa) を利用しているからです*4

Frege は Grundgesetze で、今で言う Hume's Principle に相当する式を証明する過程で、定理 (IVa) を使っていますが、単にさりげなく、それとなくこの定理を使用しているのみならず、この証明を普通のドイツ語で説明する際に、その他の定理を差し置いて、この定理を利用する旨を文中で明言しています*5。このことは、かりそめにこの定理を利用しているのではないことを示唆しています。

Frege は、自身の論理主義を遂行するに当り、概念の外延に訴える数の明示的定義などから Hume's Principle を導き出し、次にこの原理からいわゆる Dedekind-Peano の諸公理を導出することで、自然数論を展開して行こうとしていると考えられています。そのため、自然数論の展開には、Hume's Principle の証明が欠かせません。そしてこの原理の証明には、ここまで私たちが検討してきた定理 (IVa) が利用されるのです。これ故、この定理を安易に無みしてしまいますと、困ったことになります。論理主義遂行に障害を来たしてしまうのです。

という訳で、定理 (IVa) から、一部水平線を削って定理を定理でなくしてしまうと、Frege は困った状況に置かれてしまいます。不用意に水平線をなくしてしまうと、本来定理であるものが定理でなくなり、論理主義遂行に行き詰まりが生じるのです。水平線は、Grundgesetze において、あってもなくてもどちらでもいいのではなく、なくてはならないものなのです。ないと Frege は困ってしまうのです。*6 *7 *8


以上の本日の記述に対し、誤解や無理解、あからさまな間違いが含まれていましたら謝ります。誤字、脱字等にもお詫び申し上げます。どうかお許しください。

*1:ここでのように、以下、適宜、引用符を省くことがあります。

*2:今、「条件文」と書きました。条件文という文のことであると書きました。しかし厳密に言うと、Grundgesetze において、この丸カッコ内の表現、またはその元になっている表現 '− 4 → − 2' は、文ではありません。したがって、正確には文ではないので、条件文でもありません。とは言え、わかりやすさを優先して、「条件文」という言い方を、ここでは使用することにします。

*3:これより以下は、Landini 論文に書かれていないことです。

*4:G. Frege, Grundgesetze der Arithmetik I/II, Neuauflage mit Corrigenda von Christian Thiel, Reihe: OLMS Paperbacks, Bd. 32, Hildesheim, Olms, 1998, S. 85.

*5:Frege, Grundgesetze der Arithmetik I/II, S. 71, G. フレーゲ、『算術の基本法則』、フレーゲ著作集 3, 野本和幸編、野本和幸、横田榮一、金子洋之訳、勁草書房、2000年、191ページ。

*6:また、補足として述べると、定理 (IVa) は、Leibniz's Law, i.e., the identity of indiscernibles と似ています。この点からも、この定理を安易に棄却してしまうことに、抵抗を感じるものと思います。

*7:以上から、水平線を持った Frege の Grundgesetze 体系を、水平線を持たない現代の論理学で、無頓着に理解しようとするのなら、足をすくわれる可能性が高いということも、おわかりいただけると思います。

*8:水平線が Grundgesetze で必要とされる説明には、今回のものとは別のものもあります。それについては 2012年7月15日の当日記項目 'Why Did Frege Need Judgement Strokes and Horizontal Strokes in his Grundgesetze der Arithmetik?' をご覧ください。