Why Did Frege Need the Logic of his Gundgeseze, not his Begriffsschrift? Why Did Frege Need the Distinction Between Sinn and Bedeutung?

  • Alessandro Bandeira Duarte  ''Frege May Have Been a Neo-Fregean,'' Manuscript, August 9, 2011


本日は、この文献の内容を報告致します。この文献は論文ではなく、PowerPoint で作った slide のような文献です。但し、単に key word だけを羅列したものではなく、ちょっとした文章を並べて書かれているので、通して読むことのできる文献です。平易で比較的短い文献です。著者の home page において無料で見ることができます*1

この文献は、私には大変興味深く感じられました。この文献の表題から、Neo-Fregeanism に話を集中した文献と思われるかもしれません。もちろんその種の話がこの文献に、特にその前半に出てくるのですが、私にとって重要と感じられるのは、文献前半の Neo-Fregeanism に関する話を補強する、文献後半にある話題です。この後半部分では、1884年Grundlagen の時点では、1879年の Begriffsschrift を使って、概念の外延による数の明示的定義により、Hume's Principle を証明することは Frege にはできず、1893年以降の Grundgesetze を待たなければ、それは不可能だった、ということが、実に簡単な事実によって論証されています。繰り返しますが、1884年Grundlagen において、1879年の Begriffsschrift を使い Hume's Principle を証明することは、論理学上、不可能で、1893年以降の Grundgesetze によって初めてそれが、論理学上、可能となった、ということです。Begriffsschrift によっては Hume's Principle を証明することが結構難しいとか、やってできないことはないが、やらなかった、というような問題ではなく、論理的に不可能であった、ということです。そのことが非常に単純な事実の指摘によって示されています。この論証は、哲学的な論証というよりも、論理学的な事実に基付く論証になっていると言えます。その点で、議論の余地が比較的少ないところが強みとなっています。そしてまた、Begriffsschrift を使っては Hume's Principle を証明することができず、Grundgesetze で初めて証明することができた、ということは、なぜ Frege が Begriffsschrift の体系に満足せず、Grundgesetze の体系を欲したのか、ということの理由をも与えています。さらには、なぜ Frege は Sinn und Bedeutung の区別を持ち出す必要があったのか、そのことの哲学的な理由ではなく、論理学的な理由をも与えています。哲学的な理由であると、必ず論議を呼びますが、論議を引き起こしにくい論理学的な理由を与えているという点で、より説得力のある理由づけになっています。以上のようないみで、今回報告する Duarte 文献は、小品ながら非常に興味深いものとなっています。

上記 Duarte 文献は、その前半で Neo-Fregeanism にかかわる話題を、その後半で、この話題を補強する論証を行っていますので、以下における上記文献の報告も、第一部と第二部に分けて行いたいと思います。私のこの報告は、あるいは間違っているところがあるかもしれません。私の説明は、ほとんど確実にどこか間違っているはずです。そのため、以下を読まれる方は、充分注意しながら読んでいただきたく思います。あらかじめ (Duarte 先生の話ではなく) 私の話に含まれているであろう誤りに対し、お詫び申し上げます。なお、報告中には私の original な主張は何も含まれておりません。また、今回の報告を読まれる方は、前もって当日記2012年11月10日の項目 'On the Significant Points of Professor Alessandro B. Duarte's Manuscript ''On the Rule of Substitution for Functions in Begriffsschrift''' を読まれることをお勧め致します。この11月10日の日記項目を読んでおかれたならば、以下の話をよりよく、より容易に理解できると思います。


目次

    • 第一部 Frege は Neo-Fregean だったかもしれない。あるいは、Frege が Frege になったこと。
    • 第二部 Frege が Frege になってから。あるいは、Begriffsschrift から Grundgesetze へ。


第一部 Frege は Neo-Fregean だったかもしれない。あるいは、Frege が Frege になったこと。

まず最初に、Neo-Fregeanism とは何なのかを確認しておきます*2。Neo-Fregeanism は、'Mathematical Abstractionism', あるいは 'Abstractionism', または 'Neo-Logicism' とも呼ばれます。この立場に立つ人々が最低限堅持する主張内容は、次のものであると考えられます*3。辞書の定義から引用してみます。

MATHEMATICAL ABSTRACTIONISM Mathematical abstractionism (or abstractionism, or neo-fregeanism, or neo-logicism) is the view that we can obtain a priori knowledge of the truths of mathematics by laying down various abstraction principles as implicit definitions of mathematical concepts - for example, the abstractionist claims that we can stipulate Hume's Principle:


   (∀P)(∀Q)( NUM(P) = NUM(Q) ↔ P ~ Q )


as a definition of the concept cardinal number. Since the axioms of second-order Peano arithmetic follow from Hume's Principle, the abstractionist claims that we can know these axioms, and their consequences, a priori in virtue of the fact that we know the truth of Hume's Principle a priori.*4


ここでの point は、誰かが Neo-Fregean であるか否かは、Hume's Principle を、証明される定理ではなく、証明の必要のない公理または定義と見なすか否かにかかっている、ということです。今回報告しようとしている Duarte 文献では、当初 Frege は、Hume's Principle を数の定義として採用しており、その後、この立場を放棄して Hume's Principle を証明する方向に方針転換したのだ、と述べられています (このこと自体は Grundlagen の論述の流れに全く適ったものですが…。)。このいみで Frege は、当初、Neo-Fregean であったのだ、と主張されています。そして Frege が Neo-Fregean であることをやめる経緯の説明が、おそらく他の説明とは異なっているという点で、Duarte さんの見解はちょっとした独自性を備えていると言えます。とはいえ、私自身は実を言うと、Duarte さんのこの説明にはそれほど興味を感じません。また、Duarte さんも認めておられるように、実際にはこの説明はかなり speculative なものになっています。ですから、この説明自体は、特に説得力があるというものではないのですが、Duarte 文献全体を紹介するつもりですので、以下ではこの説明にも触れます。では、具体的に Duarte 文献の内容を報告して行きましょう。


1882年に Frege は、Anton Marty 宛てに手紙を書いています*5。その中で Frege は、間もなく本を書き終わりそうだと述べています。この完成間近の本の中では、数の概念が扱われ、従来証明不可能な公理と見なされてきた計算の基本的な原理が、論理学の手立てだけによって証明されている、と Frege は記しています(p. 1.) *6。そしてこの同じ手紙の中で Frege は、完成間近の本は Begriffsschrift で書かれているので、多数の読者を獲得することは、あまり期待できないとの主旨のことを述べています (p. 2.)。このことから考えられるのは、完成間近の1882年の本は、1884年Grundlagen ではない、ということです。と言うのも、周知の通り、Grundlagen は Begriffsschrift では書かれていないからです (p. 3.)。また、この1882年の本は、1893年Grundgesetze の原稿でもないと思われます。その理由は最低でも二つ上げられます。一つは、1882年や1884年の段階では、1893年Grundgesetze 独特の論理学上の道具立てが、まだ考え出されていないと思われるからです。この点については、おそらく大方の専門家の同意が得られると思いますので、詳説致しません。もう一つは、1893年Grundgesetze の Vorwort で、Grundgesetze の刊行が遅れたのは、以前にほとんどできあがっていた原稿を、自身の論理学の改良の必要性から、一旦却下したことにある、と Frege は述べていますが (Grundgesetze, S. IX.)、ここから完成間近であった1882年の本は、Grundgesetze ではなく、Grundgesetze の Vorwort で触れられている却下された方の原稿だろうと推測できます。つまり、まとめるならば、こうなります。まず Frege は1879年に Begriffsschrift を出します。次に、1882年頃、Begriffsschrift で書かれた算術の基本法則を証明している本の原稿を書きます。これは却下され、出版されずに幻の本として終わりました。続いて、1884年に日常の言葉で書かれた Grundlagen を出しています。それから1893年に Begriffsschrift を多用した Grundgesetze の第1巻を出している、ということです。
さて、1882年に Carl Stumpf は、Frege に宛てて手紙を書いています*7。この手紙はその内容から言って、先ほど言及した1882年における Frege 執筆の Marty 宛て書簡の返信になっていると考えることもできるので、Stumpf 執筆 Frege 宛て書簡は、実際には Marty 執筆 Frege 宛て返信書簡かもしれません。執筆者が誰にせよ、その書簡で執筆者は Frege に、Begriffsschrift で書くのもよいけれど、普段の言葉でそれを説明するような本なり文なりも、書いた方がよいのではないか、という主旨の提案をしています。もしもこの提案を Frege が受け入れていたとするならば、1884年Grundlagen は、1882年の幻に終わった本の解説書、入門書として書かれていたのではないかと推測できます (p. 3.)。
さて、そうだとすると、1882年の幻の本では、算術の基本法則は、どのように証明されていたと考えられるでしょうか。Grundlagen がこの幻の本の解説書だとするならば、Grundlagen において素描されている形で算術の基本法則が、幻の本で証明されている、ということになると思われます (p. 4.)。Grundlagen で素描されている算術の基本法則導出の流れは、よく知られているように、概念の外延による数の明示的定義から、Hume's Principle を導出して、そこから Peano's axioms を導き出す、というものでした。しかし、これもまたよく知られているように、Grundlagen における素描では言及されていませんが、Hume's Principle 導出の際には、Grundgesetze基本法則 V に対応する式が必要となってきます。Grundlagen における Hume's Principle の証明には、概念の外延による数の明示的定義と、この基本法則 V の対応物が必要不可欠です。ですから、1882年の幻の本では、算術の基本法則を導くに当たって、概念の外延による数の定義と基本法則 V の対応物により、Hume's Principle が導出されて、そこから Peano's axioms が証明されていたであろうと思われます。しかし、Grundlagen がこの1882年の幻の本の解説書ならば、当然言及し明示しなければならなかったはずの基本法則 V の対応物が、Grundlagen では、全く触れられていません。1882年なり1884年なりに Frege が算術の基本法則の証明を持っていたとするならば、そして Grundlagen がこの証明の解説を行っているとするならば、なぜ必要不可欠な基本法則 V の対応物に全く言及しないのでしょうか (p. 5.)。不思議な気がします。
また、次の点も不思議に思われます。問題の幻の本における算術の基本法則の証明では、概念の外延に訴えることが必要です。そして、Grundlagen が、この幻の本の解説ならば、概念の外延に訴えることが正当であることを、いくらかなりとも説明する必要があるでしょう。しかし、周知の通り、Frege は Grundlagen で概念の外延が一体何であるのか、全く説明をしていません。完全に説明を放棄しています。Grundlagen では概念の外延が数と同一視されていますが、この本の前半で Frege は概念の外延以外のものを数と見なすことを、長々と激しく攻撃しています。にもかかわらず、自身が採用した概念の外延による数の説明に対しては、概念の外延に訴えることの正当性を何ら立証しようとしていません。幻の本の解説書ならば、この点を説明して当然だと思われるのに、何も説明しないというのは不思議に感じられます (pp. 5-6.)。
さらに、次のことも不思議に感じられることです。Grundlagen では、そもそも概念の外延に訴えることは、重要なことではない、とまで言っています (p. 7)。このことは周知のことであり、なぜ概念の外延でもって数を定義しておきながら、概念の外延を持ち出すことは重要ではない、と Frege が言うのか、理解に苦しみます。概念の外延に訴えて、それを使って Hume's Principle を導出し、そこから Peano's axioms を導くことが、算術の基本法則証明の大きな一本の流れとなっており、このような流れで、1882年か1884年当時、Frege が算術の基本法則の証明を手にしていたならば、その基点にある概念の外延を、重要性がないとして充分に説明せず、重きを置かないということは、非常に不思議に感じられることです。

1882年の幻の本に対し、Grundlagen がその解説書となっているならば、(1) Hume's Principle 導出の際に不可欠な基本法則 V の対応物への言及が Grundlagen では欠けているという疑問、また、解説書である Grundlagen で、(2) 当然その正当性を説明しなければならない概念の外延に対する解説が、ほとんど皆無であるという疑問、また、解説書としての Grundlagen で、 (3) 算術の基本法則導出のために、概念の外延に訴えることが本質的であるはずなのに、概念の外延を持ち出すことは重要ではないと言っているという疑問、これらの疑問を解消するためには、どのように考えればよいでしょうか。

Duarte さんの考えは、次のようです。手短に結論を言うと、Frege は概念の外延と基本法則 V の対応物を使って行う Hume's Principle の証明を、1882年の幻の本でも、1884年Grundlagen でも、当初は持っていなかったに違いない、ということです。Duarte さんの推測によると、Frege は Grundlagen を書き終わる頃になって初めていわゆる Caesar Problem に逢着し、これが簡単には解決不能と悟って急遽概念の外延を持ち出し、数の明示的定義に訴える方針を取ったのだ、ということです。本を書き終わる頃になって持ち出されてきたために、概念の外延が一体何であるかの詳しい説明が Grundlagen では欠けているのであり、また、この概念の外延が数であるものの候補として、他の、例えば集合よりも、より適したものであるという正当性の立証も、同様の理由で、Grundlagen では欠けているのです (上記疑問 (2))。言い換えると、Frege は Grundlagen を書き始めた当初は、それ故、1882年の幻の本においても、Hume's Principle を数の定義と見なしていた、ということです。当初、Hume's Principle は、何かから証明される定理ではなく、他のあらゆる定理の証明の基点となる定義または公理と見なされていたのだ、というのが Duarte さんの推測です。しかし、周知の通り、Hume's Principle は Caesar Problem に逢着し、この原理を定義とすることは棄却されねばならなくなり、そこで急遽 Frege は概念の外延による数の明示的定義を持ち出してきた訳です。以上から、Hume's Principle を Frege が当初定義または公理と見なしていたことにより、かつ、その後、Hume's Principle を定義や公理と見なすことはやめ、概念の外延を使って導出される定理と見なすようになったことにより、Duarte 文献表題にあるごとく、Frege は Neo-Fregean だったかもしれないが、しかし Neo-Fregean であることをやめたのだ、ということです。そしてまた、Grundlagen 執筆の終わり近くで急遽方針を変更するような事態になってしまったため、概念の外延による数の明示的定義から Hume's Principle を導く証明については、その詳細を把握できぬまま、その証明が可能であろうとの予想のもとに、Hume's Principle 証明の素描が Grundlagen の§73において示されただけで、完全に formal な証明を持ち合わせぬまま、この証明が可能であることがその section で表明されているのであろう、ということです。これ故に、その証明の素描の中で触れられるべき基本法則 V の対応物に言及されていないのだろうという訳です (疑問 (1)) (この paragraph のここまでは pp. 8-9.)。また、Frege が概念の外延を重視していないのは、Hume's Principle から Peano's axioms が出てくることの方を Frege は (当初からの通り) 重視しているためであろうと推測されます (疑問 (3))。よく言われることは、実際に概念の外延が必要となってくるのは、(ほぼ) Hume's Principle 導出の際だけであり、Caesar Problem を回避することが概念の外延を持ち出すことの主要目的だったとするならば、あるいみで、そのような ad hoc な理由により持ち出される概念の外延は重要視されず、一旦証明されてしまった後の Hume's Principle の方が、より重要であり、数が概念の外延であるかどうかよりも、Hume's Principle の方が、より自明な原理と映ったから、この原理の方を重要視し、概念の外延をそれほど重要視しなかったのだろうと推測されます。Duarte さんは、上記疑問 (3) に関するこのような推測を何も述べておられませんが、Duarte さんの説によるならば、このような帰結が自然に出てくるものと思われます。


さて、この Duarte さんの推測は正しいでしょうか。話としては面白いが、かなり推測に依存しており、説得力に欠けると多くの人が感じるのではないかと思います。私もそのような感じを抱きます。これだけでは確かに説得力に欠けることは、Duarte さんも承知されておられます。当初は Hume's Principle を数の定義と Frege は見なしていたが、Grundlagen を書き終わろうとしている時に Caesar Problem に出会い、この問題がたやすく解決できないと考えて Hume's Principle を定義としては捨て、代わりに概念の外延による明示的定義に Frege は乗り換えた。乗り換えた頃には既に本の大部分は書き終えており、今さら全部書き直す訳にもいかないので、概念の外延に関する話は本文中に少しばかり追記するだけの形となり、しかも概念の外延による Hume's Principle の正確で詳細な形式的証明は、時間不足のため、手中にせぬまま、それこそ素描、予想という形で Grundlagen の§73で示唆されているに過ぎず、これ故、その証明の素描においても基本法則 V の対応物への言及がないのだ、ということですが、Duarte さんは、この自説を補強する事実として、実際に Frege は、概念の外延による明示的定義と、基本法則 V の対応物と、1882年もしくは1884年の段階で Frege が有していたであろう Begriffsschrift とでは、Hume's Principle が、論理学上、証明不可能であったことを示しています。(そしてこのことに Frege は気が付いたはずだ、だから Frege は1882年の原稿を却下したのだ、と Duarte さんは考えているものと推測できます。) このような事実を示すことで、Duarte さんは自説の信憑性を高めようとされています。実際にこのような事実を示せるとして、それで Duarte さんの説の信憑性が高まるかどうかは、個人的に疑問を感じますが、今述べた事実が本当であれば、この事実は、Duarte さんの説とは独立に、とても重要性を持つと思います。何と言っても、哲学的に Hume's Principle が証明できないと言っているのではなく、むしろ、そもそも Frege の手にしていた論理学では、論理的に言って、1882年もしくは1884年当時、 Hume's Principle が絶対に証明できない、と言っているのです。これはかなり強い主張です。このような主張の説明は、Duarte 文献では、その後半でなされています。それではその説明を聞いてみることにしましょう。なお、以下の第二部は、Duarte さんの論述に沿いつつも、こちらの方でかなり大幅に補足しながら話を進めます。


第二部 Frege が Frege になってから。あるいは、Begriffsschrift から Grundgesetze へ。

上記の自説を補強する事実として、Duarte さんは、1882年または1884年における Frege にとって、概念の外延による数の明示的定義と、基本法則 V の対応物と、1882年または1884年の段階で有していたであろう Begriffsschrift とでは、Hume's Principle が証明不可能であった、と主張されています。ここで当時の Hume's Principle と考えられるものを掲げてみましょう。現代の記法を援用し、Duarte さんの書いている式の一部を少し省略し、修正しつつ記します (p. 12) *8

    • (HP)  ∀F∀G [ N(F) ≡ N(G) .≡. F ~ G ]

'F', 'G' は、それに何かが当てはまるか否かが原理的にはっきりしている任意の概念を表す記号、'N' は基数 operator を表す記号、'≡' は内容の相等性を表す記号、'~' は等数である (gleichzahlig) ことを表す記号です。当時はまだ Grundgesetze を持ち合せておらず、有しているのは Begriffsschrift であったでしょうから、この式中では通常の等号 '=' ではなく、'≡' が使われています。

Frege はこの Hume's Principle を導き出すのに、概念の外延による数の明示的定義を利用しています。現代の記法で書くと、

    • (DN)  N(F) =def. Ext: X ~ F
    • (DN)  N(G) =def. Ext: Y ~ G

などと書けます (p. 14)。前者は「F の数を、F と等数的な概念 X の外延として定義する」と読めます。後者も同様です。

この (DN) を使いながら、 (HP) を導出するのになされねばならないことは、'→' を通常の条件法記号とすると、任意の F と G について、

    • (1) N(F) ≡ N(G) .→. F ~ G

と、

    • (2) F ~ G .→. N(F) ≡ N(G)

を証明することだと考えられます。

Grundlage の §73 を見てみますと、実際にFrege はまず (2) が証明できることを述べ、続いて、この section に唯一付された Frege 自身による註で、(1) も証明できることを述べています。そしてその section で Frege は (2) を証明する際に、

    • (HF) H ~ F .→. H ~ G

と、

    • (HG) H ~ G .→. H ~ F

が、任意の概念 H について、成り立つことが証明されねばならない、と言っています。つまり、'⇔' を双条件法の記号とすると、

    • (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

を証明せねばならないと Frege は言っています。そしてこの section における唯一の註により、(1) を証明する際にも、(HFG) を利用する必要があるものと考えられます。

さて、Frege によって実際に示唆されたこれらの道具立てとともに、本日記項目の第一部でも言及しましたが、§73 における (HP) の証明に際しては、Grundgesetze基本法則 V の対応物が仮定されていることが必要です。Frege はこちらの方の仮定については何も触れていませんが、基本法則 V のこの対応物がないと (HP) が証明できないと考えられているので*9、この対応物もここで明示しておきましょう。

    • (GLV) Ext: X ~ F ≡ Ext: Y ~ G .⇔. ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

これは Grundgesetze基本法則 V の二階の version に相当します。この左辺は、概念 F と等数的な概念 X の外延と、概念 G と等数的な概念 Y の外延が等しいこと、言い換えると、概念 F の基数と概念 G の基数が等しいことを述べています。右辺は先の (HFG) と同じです。


以上の用意のもと、Frege の示唆に基付き、実際に先ほどの (1) と (2) を証明してみましょう。非常にくどい仕方で証明してみます*10。まず (1) です。

    • (1) N(F) ≡ N(G) .→. F ~ G

この式を証明するには、N(F) ≡ N(G) を仮定して、概念の外延による基数の定義 (DN) N(F) =def. Ext: X ~ F, および、N(G) =def. Ext: Y ~ G を使いながら、F ~ G を導き出せばよい訳です。

そこで、

    • (3) N(F) ≡ N(G)

と仮定してみましょう。そして (DN) により、これを書き換えると、

    • (4) Ext: X ~ F ≡ Ext: Y ~ G

となります。次に (GLV) を利用します。

    • (GLV) Ext: X ~ F ≡ Ext: Y ~ G .⇔. ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

この式の左辺は、今の (4) と同じです。したがって、(GLV) の右辺

    • (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

が得られます。そしてこの (HFG) から、F ~ G を導き出せば、所期の目的は達せられます。(HFG) は任意の H について言われていますので、(HFG) を F で普遍例化すれば

    • (5) F ~ F .⇔. F ~ G

が得られます。この左辺は、F とそれ自身とが等数関係にあることを述べています。等数関係は全単射写像の一種、同値関係の一種です*11。したがってこの左辺は常に成り立ちます。故にその右辺

    • (6) F ~ G

が得られます。これが私たちの得たいものでした。


これで (1) の証明は終わりました。次に

    • (2) F ~ G .→. N(F) ≡ N(G)

を証明してみましょう。これは F ~ G を仮定して、概念の外延による基数の定義 (DN) N(F) =def. Ext: X ~ F, および N(G) =def. Ext: Y ~ G を使いつつ、N(F) ≡ N(G) を導き出せばよいという訳です。以下の証明の流れとしては、まず、F ~ G を仮定し、この仮定から、(HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G) を導き出し、導き出されたこの (HFG) から、基本法則 V の対応物 (GLV) を介して、Ext: X ~ F ≡ Ext: Y ~ G を得て、得られたこの式に対し、(DN) を使って書き換えを施すと、 N(F) ≡ N(G) が出てくる、という次第です。


それでは、

    • (6) F ~ G

と仮定します。この仮定から、

    • (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

を導き出します。そのためにはまず、

(A) 仮定 (6) と、任意の H に関し、(HFG) の丸カッコ内の左辺 H ~ F を仮定することから、この丸カッコ内の右辺 H ~ G を引き出し、つまり、H ~ F .→. H ~ G を証明し、かつ、

(B) 仮定 (6) と、任意の H に関し、(HFG) の丸カッコ内の右辺 H ~ G を仮定することから、この丸カッコ内の左辺 H ~ F を引き出す、つまり、H ~ G .→. H ~ F を証明する、

ということになります。そしてこれら (A) の H ~ F .→. H ~ G と、(B) の H ~ G .→. H ~ F の証明の後、

(C) (A), (B) の連言から H ~ F .⇔. H ~ G を得て、

その後、

(D) ここでの H は任意ですから、H ~ F .⇔. H ~ G を普遍汎化すれば、(HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G) が得られる、

ということになります。


では、(A) 仮定 (6) と (HFG) の丸カッコ内の左辺の仮定 H ~ F から、この丸カッコ内の右辺 H ~ G を引き出します。

任意の H について、H ~ F と仮定します。ここでの等数関係 '~' は同値関係の一種でした。したがって、H ~ F は推移性を満たすので、この H ~ F と仮定 (6) F ~ G により、 H ~ G が得られます。この H ~ G は、求めていた (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G) の丸カッコ内の右辺になっています。つまり、(6) F ~ G のもと、

    • (HF) H ~ F .→. H ~ G

が得られた訳です。


次に、(B) 仮定 (6) と、任意の H に関し、(HFG) の丸カッコ内の右辺 H ~ G を仮定することから、その丸カッコ内の左辺 H ~ F を引き出します。

まず、(6) F ~ G を仮定します。等数関係 '~' は同値関係ですので、等数関係は対称性を満たします。よって F ~ G から G ~ F が得られます。ここで任意の H に関し、(HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G) 内の右辺 H ~ G を仮定します。この仮定 H ~ G と今しがた得られた G ~ F から、等数関係は推移性を満たすことにより、H ~ F が得られます。この H ~ F は、求めていた (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G) の丸カッコ内の左辺になっています。つまり、(6) F ~ G のもと、

    • (HG) H ~ G .→. H ~ F

が得られたという訳です。


今、仮定 (6) F ~ G のもと、

    • (HF) H ~ F .→. H ~ G

    • (HG) H ~ G .→. H ~ F

が得られました。したがって、(C) これらの連言から

    • H ~ F .⇔. H ~ G

が得られます。そして (D) この式における H は任意でした。よって H を普遍汎化して

    • (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

が得られます。


こうして、この (HFG) は仮定 (6) F ~ G のもと、得られたのでしたから、

    • (7) F ~ G → ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

が得られます。


さて、ここで基本法則 V の対応物

    • (GLV) Ext: X ~ F ≡ Ext: Y ~ G .⇔. ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

を利用します。すると、上記 (7) と (GLV) の右辺同士が同じですので、

    • (8) F ~ G → Ext: X ~ F ≡ Ext: Y ~ G

が出てきます。そしてこの (8) の右辺を基数の定義 (DN) で書き換えてやれば、

    • (2) F ~ G → N(F) ≡ N(G)

が得られます。これが私たちの得たいものでした。


こうして最終的に

    • (1) N(F) ≡ N(G) .→. F ~ G

    • (2) F ~ G → N(F) ≡ N(G)

が証明できました。つまり、Hume's Principle

    • (HP)  ∀F∀G [ N(F) ≡ N(G) .≡. F ~ G ]

が証明できた訳です。しかし、今回紹介している Duarte 論文では、本日記項目第一部の終わり辺りでも言及したように、1882年または1884年頃の Frege には、概念の外延に訴える数の明示的定義などから、Hume's Principle を証明することはできなかったはずだ、と主張されています。今まで述べてきたように、簡単に Hume's Principle は証明できるように思われるのですが、どうしてそれが当時の Frege にできなかったと Duarte さんは言うのでしょうか。それは、当時 Frege の手にしていた論理学が1879年の Begriffsschrift であったであろうということが関係しています。


今まで述べてきた Hume's Principle の証明を振り返ってみましょう。その証明では、

    • (1) N(F) ≡ N(G) .→. F ~ G

    • (2) F ~ G → N(F) ≡ N(G)

を証明していましたが、このうちの (2) の証明の過程を思い出してみますと、そこでは、次のような一節がありました。引用してみます。

今、仮定 (6) F ~ G のもと、

    • (HF) H ~ F .→. H ~ G

    • (HG) H ~ G .→. H ~ F

が得られました。したがって、(C) これらの連言から

    • H ~ F .⇔. H ~ G

が得られます。そして (D) この式における H は任意でした。よって H を普遍汎化して

    • (HFG) ∀H (H ~ F .⇔. H ~ G)

が得られます。

この証明過程は、本日記項目第二部の初め辺りでも述べましたように、Frege が Grundlagen の §73 で実際に示唆している証明の過程を踏襲したものです。ここでは、式 (HF) と式 (HG) がともに証明できたことから、H ~ F .⇔. H ~ G が証明できるとされています。

現在、私たちは任意の a と b について、a → b と b → a がともに証明できたなら、a ⇔ b が証明できると考えます。つまり、'∧' を連言記号とすると、

    • (双条件導入1) ( a → b ∧ b → a ) → ( a ⇔ b )

は、当然成り立つものと考えています。しかしながら、Frege 本人は Grundlagen の §73 で、実際にこのような式が成り立つかのように informal に述べておりますが、もしも1882年または1884年の Frege にとって、利用できる論理学が Begriffsschrift のみであったとするならば、実のところ、今掲げた式 (双条件導入1) に相当する次の式

    • (双条件導入2) ( a → b ∧ b → a ) → ( a ≡ b )

は、驚くべきことに Begriffsschrift では、formal には証明できないのだそうです*12。Hume's Principle を証明するには、H ~ F .⇔. H ~ G を証明する必要があります。この後者の式を証明するには、(双条件導入1), (双条件導入2) が必要であり、これが証明可能である必要があります。しかし、Begriffsschrift では、(双条件導入1), (双条件導入2) が証明できないのだそうです。これでは Hume's Principle が証明できません。

ところで、概念の外延に訴える数の明示的定義などから、Hume's Principle を証明する試みは、Frege において Grundlagen §73 における単なる示唆とは異なり、彼の Grundgesetze で明示的かつ詳細に行われており*13、この Grundgesetze での証明は、Grundlagen §73 の示唆によく似た形で行われていると思われます*14。そうすると、Frege が1882年または1884年の段階で、もしも Hume's Principle の formal な証明を有していたとするのならば、その証明は Grundgesetze での証明とよく似たものとなっていたかもしれません。そこで、Grundgesetze での証明を見てみると、H ~ F .⇔. H ~ G を証明するのに利用されているのは、先に掲げた式 (双条件導入1), (双条件導入2) ではなく、これらの式に deductively equivalent な次の式 (双条件導入3) が使用されていることがわかります*15

    • (双条件導入3) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ⇔ b ) ]

または、

    • (双条件導入4) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a = b ) ] *16

Hume's Principle を証明するには、H ~ F .⇔. H ~ G を証明する必要がありました。この後者の式を証明するには、少し前に提示した (双条件導入1), (双条件導入2) が必要であり、これらが証明できる必要があると考えられました。しかし Begriffsschrift では、(双条件導入1), (双条件導入2) が証明できないことが指摘されていました。これでは Hume's Principle が証明できませんが、Grundgesetze では、実際には (双条件導入1), (双条件導入2) が使われているのではなく、今掲げたばかりの (双条件導入3) または (双条件導入4) が使われているのでした。それでは Hume's Principle を証明する際に (双条件導入1), (双条件導入2) が利用できないのなら、Begriffsschrift において (双条件導入3) または (双条件導入4) に相当する

    • (双条件導入5) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ]

を使えば、1882年または1884年の段階で、Frege は Hume's Principle を formal に証明できていただろうと考えられるかもしれません*17

しかし驚くべきことに、これは不可能であると Duarte さんは言うのです(p. 24)。Duarte さんの指摘によると、(双条件導入5) の形をした式は、Begriffsschrift においては独立な (independent) 式なのだそうです。つまり、式 (双条件導入5) は、Begriffsschrift という公理系では、証明できない式なのだそうです。このことを Duarte さんは、自身の PhD Thesis で証明されたそうです(p. 24, footnote 18.)。Hume's Principle を証明するのに (双条件導入1), (双条件導入2) が駄目なら、(双条件導入5) を使いたいところですが、Begriffsschrift においては、これも駄目なのだ、ということです。おそらく、(双条件導入1), (双条件導入2) と (双条件導入5) が、定理としていずれも利用できないのならば、概念の外延による数の明示的な定義などからの Hume's Principle の formal な証明は、無理であろうと思われます。

これに対し、(双条件導入1), (双条件導入2) と (双条件導入5) が、定理として利用できないのならば、(双条件導入5) を公理として Begriffsschrift にそのまま追加してやればよい、と考えることができるかもしれません。そうすれば問題なく簡単にそれらの式が利用可能となると思われるかもしれません。しかし Duarte さんによると、これは破滅的な一手です(pp. 33-35.)。そんなことをしてしまうと、待っているのは破滅だけです。なぜそれが破滅になるのか、(双条件導入5) を使って説明してみましょう。例によって、かなりくどく説明します。


今、P と Q を Begriffsschrift における任意の定理としましょう。ところで Begriffsschrift では、次の表現が公理です。

    • (公理 I) a → ( b → a )

そこでこの公理の a に Q を、b に P を代入してやると

    • (9) Q → ( P → Q )

が得られます。先ほども述べましたように、今、Q を定理としたのでしたから、Q と Q → ( P → Q ) により、Modus Ponens を使って

    • (10) P → Q

が得られます。

同様にして、(公理 I) の a に P を、b に Q を代入してやると、今度は

    • (11) P → ( Q → P )

が得られます。やはり先ほど述べたように、P も定理としたのでしたから、P と P → ( Q → P ) から、Modus Ponens を使って

    • (12) Q → P

が得られます。

さてここで、上記で証明できないと指摘されていた問題の

    • (双条件導入5) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ]

を公理として Begriffsschrift に追加し、利用してみましょう。この新たな公理の a に P を、b に Q を代入してみましょう。すると

    • (13) ( P → Q ) → [ ( Q → P ) → ( P ≡ Q ) ]

が得られます。ところで、上では

    • (10) P → Q

が得られていました。したがって、Modus Ponens を使って、これら (13) と (10) から

    • (14) ( Q → P ) → ( P ≡ Q )

が出てきます。また、上では、

    • (12) Q → P

も得られていました。よって、Modus Ponens を使って、これら (14) と (12) から

    • (15) P ≡ Q

が帰結します。こうして Begriffsschrift に (双条件導入5) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] を公理として追加すると、(15) P ≡ Q が証明できるという訳です。

では、

    • (15) P ≡ Q

は、何を述べているのでしょう。それは、Begriffsschrift においては、定理である表現 'P' と 'Q' の表している内容が、同じであることを言っています。では、定理である表現 'P' と 'Q' の表している内容とは、何でしょうか。Frege の研究歴で、私たちがここで注目している1882年または1884年の頃においては、何らかの表現のいみとして、Sinn と Bedeutung の区別を Frege はまだ行っていませんが、Sinn と Bedeutung のどちらかが、定理である表現 'P' と 'Q' の表している内容にふさわしいと推測されるならば、Sinn と Bedeutung のどちらがその内容に近いと言えるでしょうか。

ところで定理というものは、日常の言葉では、式や文で表されます。そして式や文の Sinn とは、Frege にとって Gedanke であり、式や文の Bedeutung とは真理値真か偽です。そうすると、定理である表現 'P' と 'Q' の表している内容は、Sinn と Bedeutung のどちらに近いのか、という問いは、定理である表現 'P' と 'Q' の表している内容は、Gedanke と 真理値 のどちらに近いのか、という問いになります。ここで、問題となっている時期の1882年に刊行された Frege の次の文献を参照してみましょう。

  • Gottlob Frege  ''Ueber den Zweck der Begriffsschrift,'' in seiner Begriffsschrift und andere Aufsätze, Zweite Auflage, Mit E. Husserls und H. Scholz' Anmerkungen, herausgegeben von Ignacio Angelelli, Olms, 1993, 邦訳、G. フレーゲ、「概念記法の目的について」、藤村龍雄、大木島徹訳、藤村龍雄編、『フレーゲ著作集 1 概念記法』、勁草書房、1999年。

そのドイツ語原文101ページ、邦訳217ページを見ると、Frege は次のようなことを述べています。

'−' を Frege の内容線とします。その時、

    • (16) − 4 + 2 = 7

この表現は真理でないもの (Unwahrheit)、つまり偽を記しているのではない、と Frege は言っています。つまり、表現 (16) は偽を表していない、ということです。

また、表現

    • (17) − 2 + 3 = 5

の左端に垂直な線 '|', つまり判断線を書き加えると

    • (18) ⊢ 2 + 3 = 5

となって、この時、

    • (17) − 2 + 3 = 5

が正しい (richtig) こと、つまり真であることを主張することになると Frege は言っています。つまり、

    • (17) − 2 + 3 = 5

だけではまだ真であることを表してはいない、ということです。以上から、(16) は偽を表さず、(17) は真を表していないので、内容線とその右にある表現を合わせた全体は、その内容として、真理値真、真理値偽を表しているのではない、判断線を書き加えないと、真理値の表現にはならない、と考えることができます。


さて、定理である表現 'P' と 'Q' の表している内容は、Gedanke と 真理値 のどちらに近いのか、という問いに戻ります。このような問いが出てきたのは、

    • (15) P ≡ Q

が、何を述べているのかを問うていたからでした。実は言うと、正確には、この (15) の P と Q に定理を書き込む場合、Begriffsschrift では、そのまま定理を書き込んではならず、その定理の頭に先ほどからの内容線 '−' を前置してから、その内容線とともに定理を P と Q に書き込まねばなりません。そこで前もって (15) の P, Q の頭に内容線を書き込んでおけば、(15) は

    • (15)' − P ≡ − Q

と書き直されます。それでは、(15)' の両辺が表している内容は、Gedanke と 真理値 のどちらに近いのでしょうか。今先ほど取り上げた Frege の文献 ''Ueber den Zweck der Begriffsschrift'' の話から、内容線とその右にある表現を合わせた全体は、その内容として、真理値真、真理値偽を表しているのではない、ということでしたので、(15)' の両辺が表している内容は、真理値ではなく Gedanke に近い、ということになると思われます。すなわち、(15)' では、定理 P と Q の内容が同じであるとは、それらの Gedanke が同じであることに近い、ということです。そして Frege にとって真である Gedanke とは、事実 (Tatsache) のことだとされています*18。そうすると、(15)' が述べているのは、定理 P と Q が同じ事実を表すということ、平たく言えば、P と Q は同じことを述べている、ということになります。ところで、P と Q は Begriffsschrift で証明される任意の定理のことでした。ということは、(双条件導入5) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] を公理として追加することで (15) P ≡ Q が証明できるということ、つまり (15)' − P ≡ − Q が証明できるということは、Begriffsschrift のどの定理もすべて同じことを表している、ということになります。例えば今、Begriffsschrift で '2 + 4 = 6' と '10 × 10 + 1 = 101' が証明できるとしましょう。すると、これら二つの式は同じことを述べているということになります。これら二つの式は真理値真とは別の、同じ事実を表していることになるのです。しかしこれはいかにも法外です。このような法外なことがまかり通る (双条件導入5) を Begriffsschrift に公理として追加することは、その公理系にとって破滅をいみすることになるでしょう。こうして、(双条件導入5) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] は、 Begriffsschrift において、定理として証明できないだけでなく、公理としてその公理系に追加することも無駄である、ということがわかりました。


さて、振り返ってみるに、Grundlagen の§73 では、Frege により、Hume's Principle の informal な証明の概略が示唆されているだけでした。しかもこの時期の1882年頃に完成を見込まれていた幻の本では、Hume's Principle の formal で詳細な証明が記述されていたと予想されますが、実際にはその本は刊行されず、幻に終わりました。Duarte さんの説によるならば、なぜ Hume's Principle の informal な証明の概略が示唆されているだけで、しかも幻の本が刊行されずじまいに終わったのかというと、(双条件導入5) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] が、当時手持ちの Begriffsschrift では、証明できないことに Frege が気が付き、さらに、それを公理として追加すると、Begriffsschrift のすべての定理が同じ内容を持つということに彼が気付いたからだ、ということです。Frege はこの時、( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] に問題があることに思い至り、再考を余儀なくされました。この ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] が証明できないこと、または、この式を公理として付け加えることができないこと、これは大いに問題であると Frege は考えたものと想像されます。そしてこのこと故に、Frege は1879年の Bgriffsschrift を大幅に改良する必要があると考え、1884年Grundlagen 刊行以後、長い沈黙の時期に入り、水面下で沈潜しつつ、改良案を検討していたものと思われます。改良されるべきは、件の式が証明されるか公理として追加することができ、証明されるなり公理として追加された場合も、その公理系の全定理が同じ内容を持つ、というような不都合を回避できるものでなければなりません。この要求に応えるべく Frege は Begriffsschrift という論理体系を改善しつつ、内容の相等性 '≡' について熟慮し、通常の等号にそれを切り替えるとともに、等号の両辺が表しているものが何であるかを詳細に吟味したものと思われます。

そして1893年Begriffsschrft に代わる新しい論理学が登場しました。Grundgesetze です。そこにおいては、問題の ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] が、定理 (IVa) という名で ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a = b ) ] として証明され、a = b の両辺が表すものは、単なる内容としてすまされることなく、Sinn と Bedeutung に分節されました。これらの結果、Hume's Principle の証明に必要な式 ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a = b ) ] が定理として確保され、しかもこの定理が公理系中に存在しても、公理系内の全定理が同じ内容を持つ、という不都合な結果は、定理の表す Sinn と Bedeutung を区別することにより、回避されました (pp. 36-39.)。


思うに、なぜ Frege は1879年の Begriffsschrift に満足せず、Grundgesetze を欲したのでしょうか。なぜ Frege は ''Über Sinn und Bedeutung'' で Sinn と Bedeutung の区別を持ち出してきたのでしょうか。ここまで解説してきた Duarte 文献では、その前半は多分に speculative であるものの、その後半で ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ≡ b ) ] という式が Begriffsschrift で証明できず、公理として追加することもならないことを、教えてくれています。今の式が定理として証明できること、それが証明できて公理系内に確保された場合にも、問題を起こさないようにすること、これらの希望をかなえるため、Frege は Begriffsschrift に満足せず、また内容という観念 (notion) にも満足せず、Grundgesetze を欲し、 Sinn と Bedeutung の区別を持ち出してきたのかもしれません (pp. 36-39.)。これが Duarte 文献の一つの結論です。この結論は、今後も慎重に吟味する必要があると思います。とりわけ、''Über Sinn und Bedeutung'' が言語哲学の古典的論文として見られることが多く、それが Frege の論理主義に果たした役割については、思いを致すことが少ないという現状を踏まえれば、言語哲学的観点一辺倒の Sinn und Bedeutung の説明は、Frege の哲学や彼の project を理解する際には不十分であり、全く見当違いな考察の迷路に迷い込む危険性を感じさせます。これに対し、私たちの取り上げてきた Duarte 文献では、Sinn und Bedeutung の導入が、論理主義を目指す論理学の試みから離れた言語哲学的考察のみによって図られたのではなく、極めて簡単な、たった一つの論理学的事実により、引き起こされていることを指し示しているという点で、非常に明快かつ simple な説明を提供しており、それだけ理解しやすく説得力を持っていると思います。仮に Duarte さんの考えが間違っていたとしても、氏の簡明な説明により、私たちは比較的たやすくその間違いを突き止めることができるでしょうし、その結果、おそらく有用な教訓もそこから容易に得られるものと思われます。間違っているのかどうなのか、難しすぎ、抽象的すぎて、よくわからない教説よりも、間違いが容易に判明し、そこから何がしかの教訓を得た上で、今後、どの方向に進めばよいのかを、速やかに教えてくれる教説の方が、哲学という迷宮の中で、あてどなく彷徨している私たちにとっては、大変貴重だと思います。Duarte 文献は、非常に示唆的で、刺激的でした。Duarte 文献から得られた結論を、今後も慎重に検討して行きたいと思います。


以上の記述に対し、誤解や無理解、はなはだしい見当違いや勘違いが含まれていましたら、お詫び申し上げます。特に第二部では、Duarte さんの話を当方で大幅に敷衍、補足して解説しましたので、間違いがないか、もしも読まれた方がおられましたら、お手数ですが、再読、再考をお願い致します。

*1:数週間前に、閲覧できることを確認しました。http://ufrrj.academia.edu/AlessandroDuarte

*2:以下で考慮に入れるのは、いわゆる Scottish Neo-Fregeanism です。この Neo-Fregeanism が目下のところ、最も有名で有力かつ最も精力的に研究を進めていると思いますので、これ以外の Neo-Fregeanism は、差し当たり考慮に入れないでおきます。

*3:この他に、Neo-Fregean が堅持するであろう主張を二つ追加するならば、それはいわゆる syntactic priority thesis と、二階の論理は、集合論の一種ではなく、正真正銘の論理に他ならない、という主張です。これらは以下の話に関係してこないので、説明は省きます。これらの主張に関する比較的平易な説明は、次をご覧ください。Fraser MacBride, ''Speaking with Shadows: A Study of Neo-Logicism,'' in: The British Journal for the Philosophy of Science, vol. 54, no. 1, 2003, Section 3, The Linguistic Turn.

*4:Roy T. Cook, A Dictionary of Philosophical Logic, Edinburgh University Press, 2009, p. 184. Hume's Principle を表した式中の波線記号 '~' は、原文では二重の波線ですが、便宜上、一重のもので代用しています。また、原文では cross-reference を示すために、ところどころ術語が bold face なっていますが、引用文ではすべて plain なものに直しています。

*5:Frege から Marty 宛ての書簡は一通しか知られていませんし、その書簡も短いものですから、出典情報は省かせてもらいます。

*6:ページ数だけが本文中で書かれている場合には、それは今私が報告している Duarte 文献のページ数を表します。本文中への Duarte 文献ページ数の挿入は、あまり煩雑にならないように、point となるところで挿入し、網羅的には挿入しないことにします。

*7:Stumpf から Frege 宛てとされている書簡も一通しか知られておらず、これも短い手紙ですので、出典情報は省かせてもらいます。

*8:Duarte さんの書いている式や表現を、以下でも一部省略、修正しつつ記すことがあります。

*9:Duarte, p. 18, Richard G. Heck, Jr, ''Frege's Principle,'' in Jaakko Hintikka ed., From Dedekind to Gödel: Essays on the Development of the Foundations of Mathematics, Kluwer Academic Publishers, Synthese Library, vol. 251, 1995, pp. 128-132, also in Richard G. Heck, Jr, Frege's Theorem, Oxford University Press, 2011, pp. 99-103, 野本和幸、「編者解説」、G. フレーゲ、『算術の基礎』、野本和幸、土屋俊編、フレーゲ著作集 2, 勁草書房、2001年、228ページ、236ページ、註 9, 野本和幸、『フレーゲ哲学の全貌 論理主義と意味論の原型』、勁草書房、2012年、185-186ページ、田畑博敏、『フレーゲの論理哲学』、九州大学出版会、2002年、159ページ。

*10:以下の証明は、一つ前の註における Heck, 野本、田畑各先生の証明を参考にしています。

*11:等数関係が同値関係の一種であることの詳しい証明は、次をご覧ください。田畑博敏、『フレーゲの論理哲学』、247-252ページ。

*12:Gregory Landini, ''Decomposition and Analysis in Frege's Grundgesetze,'' in: History and Philosophy of Logic, vol. 17, no. 1, 1996, p. 138, Gregory Landini, Frege's Notations: What They Are and How They Mean, Palgrave Macmillan, History of Analytic Philosophy Series, 2012, p. 46. ここで (双条件導入1) ではなく、(双条件導入2) を持ち出してきているのは、(双条件導入1) 内の '⇔' が Begriffsschrift では使われておらず、(双条件導入2) 内に見られる '≡' が Begriffsschrift で使われているためです。

*13:Gottlob Frege, Grundgesetze der Arithmetik I/II, Neuauflage mit Corrigenda von Christian Thiel, Reihe: OLMS Paperbacks, Bd. 32, Hildesheim, Olms, 1998, SS. 70-93. G. フレーゲ、『算術の基本法則』、フレーゲ著作集 3, 野本和幸編、野本和幸、横田榮一、金子洋之訳、勁草書房、2000年、189-202ページ。なお、邦訳での証明は、後半部分が訳出されていません。Hume's Principle は、Grundgesetze では、定理32と定理49の連言からなります。定理32は、今までに私たちが Hume's Principle を証明してきた際の式 (2) に当たり、定理49は式 (1) に当たります。細かいことを言うと、定理49は、そのままでは式 (1) ではなく、定理49を若干変形したものが、式 (1) になります。

*14:Richard G. Heck, Jr, ''Frege's Principle,'' in From Dedekind to Gödel, p. 130, also in Richard G. Heck, Jr, Frege's Theorem, p. 101.

*15:Frege, Grundgesetze, SS. 71, 85, フレーゲ、『算術の基本法則』、191ページ。念のために、(双条件導入1) ( a → b ∧ b → a ) → ( a ⇔ b ) と (双条件導入3) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ⇔ b ) ] が、相互に deductively equivalent であること、つまり、一方を前提すれば他方を演繹できることを、ここで証明しておきます。非常に簡単です。まず、(双条件導入1) を前提して、(双条件導入3) を導きます。最初に、a → b と b → a を仮定します。すると、a → b ∧ b → a です。ここで (双条件導入1) ( a → b ∧ b → a ) → ( a ⇔ b ) を前提しますと、Modus Ponens により、a ⇔ b が出てきます。そうすると、a ⇔ b に対し、仮定 b → a を落として条件法記号を導入すれば、( b → a ) → ( a ⇔ b ), 最後に仮定 a → b を落として条件法記号を導入すれば、(双条件導入3) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ⇔ b ) ] が帰結します。今度は (双条件導入3) を前提して、(双条件導入1) を導きます。まず a → b ∧ b → a を仮定します。すると、a → b です。ここで (双条件導入3) ( a → b ) → [ ( b → a ) → ( a ⇔ b ) ] を前提しますと、Modus Ponens により、( b → a ) → ( a ⇔ b ) が出てきます。また、先ほどの仮定 a → b ∧ b → a からは、b → a も出てきます。これと Modus Ponens により出てきた ( b → a ) → ( a ⇔ b ) からは、再び Modus Ponens により、a ⇔ b が出てきます。そうすると最後に、この a ⇔ b に対し、最初の仮定の a → b ∧ b → a を落として条件法記号を導入してやれば、(双条件導入1) ( a → b ∧ b → a ) → ( a ⇔ b ) が帰結します。今、(双条件導入1) と (双条件導入3) が、互いに deductively equivalent であることを証明しましたが、(双条件導入2) と (双条件導入3) が、互いに deductively equivalent であることも、同様にして証明できます。また、(双条件導入1) あるいは (双条件導入2) と、(双条件導入4) が相互に deductively equivalent であることも、同じようにして証明できます。

*16:Grundgesetze で実際に使われているのは、(双条件導入3) ではなく、等号を持った (双条件導入4) の、a と b を入れ替えたものです。この (双条件導入4) は、Grundgesetze では、定理 IVa と呼ばれています。例えば、Frege, Grundgesetze, S. 240, フレーゲ、『算術の基本法則』、210ページ。

*17:ここで (双条件導入3) や (双条件導入4) ではなく、(双条件導入5) を使用するのは、先ほども一部述べましたが、(双条件導入3) の '⇔', (双条件導入4) の '=' が、Begriffsschrift では使用されておらず、代わりに (双条件導入5) にあるような '≡' が使用されているためです。

*18:Gottlob Frege, ''Der Gedanke,'' in: Kleine Schriften, Zweite Auflage, Herausgegeben und mit Nachbemerkungen zur Neuauflage versehen von Ignacio Angelelli, Georg Olms, 1990, S. 359, 邦訳、「思想 − 論理的探究」、野本和幸訳、黒田亘、野本和幸編、『フレーゲ著作集 4 哲学論集』、勁草書房、1999年、227ページ。ただし、彼の ''Über Sinn und Bedeutung,'' in: Kleine Schriften, S. 149, 邦訳、「意義と意味について」、土屋俊訳、『フレーゲ著作集 4 哲学論集』、80ページにおいては、真理値のことを事情、事実 (Umstand) だと述べています。しかし、例えば真理値真を事実のことだとすると、このすぐ後で述べるのと同じ不都合をすぐさま Frege にもたらすので、今の場合では、''Ueber den Zweck der Begriffsschrift'' の話を尊重して、真である Gedanke を、事実のこととしておきます。