Did Søren Kierkegaard One-Sidedly Break off his Engagement to Fiancée Regine Olsen? No! The Truth was Just the Contrary.

私は分析系の方面に興味があるので、Kierkegaard についてはよく知りません。しかし、Kierkegaard は哲学史の本にいつも載っている有名な人物であり、彼について、私もわずかばかりの哲学史的知識は何とか持ち合わせていると思います。まぁ、たぶんですけれど…。また、愛とは何かについて、以前に少し考えていたことがあり、その際 Kierkegaard による愛の概念に関して調べたこともありました。具体的かつ正確に言って、その愛の概念が何であったのかは、すっかり忘れてしまいましたが…。いずれにせよそんなわけで、Kierkegaard が彼の婚約者との婚約を破棄したことは、彼の人生と彼の哲学において、極めて重大な出来事であったことは、私も知っておりました。何か、愛の純粋さを貫くために、Kierkegaard は婚約を、苦渋の決断のもと、破棄したのだろうと思います。


今、たまたま私の手の届くところに次の本があります。

この本の中で訳者の桝田先生は、次のような解説文を書かれています。

 セーレン・キルケゴール (1813-55) の生涯におけるもっとも重要な出来事は、周知のように、婚約破棄の事件である。キルケゴールは、一八三七年に知り合いの女友達を訪ねて、そこで計らずも生涯の運命を決定することになった一少女レギーネオルセンにめぐり合い、そのレギーネと、一八四〇年九月に婚約したが、しかし一年後の翌一八四一年八月十一日、突如、次のような手紙を添えて婚約の指環を送り返し、十月十一日、正式に婚約を破棄したのであった。

 「結局は起こらずにはすまないことを、そして起こってしまえば必要なだけの力を与えるであろうことを、これから先なお幾度も試してみたりなどしないために、いまそうすることにします。何よりこれを書いている者のことなど忘れ去ってください。ひとかどのことができるのに、ひとりの娘を幸福にすることのできなかった男を許してください。
 絹の紐を送ることは、東の国では、それを受けとる者にとって、死刑を意味します。指環を送ることは、ここでは、きっと、それを送る者にとって、死刑となることでしょう。」

 この言葉を与えたきりで、理由も明かさず一言の弁明もせず、一方的に婚約を破棄してしまったのであった。いったい何が起こったのか。キルケゴール自身のほか誰にもわからなかった。この事件は、キルケゴールの思想と全著作活動の秘密の扉を開く鍵ともいえるだけに、その謎解きはさまざまに試みられてはきたが、解明しえた人はいない。*1


さて、大体、以上のようなことを覚えていた私は、次の文章を拝見させていただいたところ、意外なことを教えられました。

長島先生のこれらの論考 (上), (下) から、そもそも婚約者の Regine による、この件に関する日記が残されており、しかもそれは既に10年以上も前に出版されているということを、今回初めて教えられました*2。先生のこれらの論考に、Regine の日記から抜粋した邦訳が載っています。さらに驚いたことに、彼女の日記を見ると、相手を拒絶して婚約を破棄したのは Kierkegaard ではなく、どうやら Regine の方からだったみたいです*3。これはまた知らなかった。以下に、問題となる日記の部分を引用してみよう。'〔 〕' は長島先生の挿入*4、'[ ]' は引用者による挿入です。また、脚注はすべて引用者によるものです。この脚注では私の推測を色々と書き連ねています。この推測は間違っている可能性がありますので、そのまま受け取らないでください。男と女の感情のもつれが話題になっていますので、解釈にばらつきが出てくると思います。

水曜日 〔[1841年] 五月五日〕
 〔セーレン二十八歳の〕 誕生日のお祝いに書類入れをプレゼントした。彼は感動していた。彼はまた私に婚約の確認を求めた。私は返事をあいまいにしたかったけれど、彼がしつこく言うので、愛を誓った。セーレンに対して私は善意を抱いているし、彼を愛してもいる。


月曜日 [日付不明]
 今日の午前、また口喧嘩をした。私は婚約の解消を求めた*5。セーレンは泣き、私をとらえて、失いたくないと言う。私たちはキスをした。私を愛してほしいと頼むと、彼は、私をかわいいコケットと呼んだ*6


木曜日 〔[1891年] 八月十二日〕
 セーレンが 〔婚約〕 指輪を返してきた*7鬱病のせいでしかない*8。彼は私がいないと不幸になるけど、私は彼といて一度でも幸せになれるのかしら。すぐに私は、ばかげている、と彼に言った*9。彼はそのまま奥に引っ込んでしまった*10。「私が好きだと言って」*11


土曜日 [日付不明]
 セーレンから苦々しげな手紙が来た。君の S・キルケゴールとまた署名している*12。私たち二人にはどこかに出口があるのかしら。


[…]


土曜日 〔九月十八日〕
 セーレンの話では、彼はロアダムさんの家に食事に招かれ、リンベアさんのかわいいお嬢さんに惚れ込んでしまったとか。これは私の知るべきことではなかった*13。もう彼のことを愛してはいないのだから、彼は自分の秘密を胸にしまっておくべきだ*14。かわいそうなセーレン。エリーセはまだほんの子供なのに。


[…]


水曜日 〔十月六日〕
 ひどい手紙が来た。もう二人の関係はおしまいにして、〔婚約を〕 解消すると言う。(フリッツが恋しい。 〔ママ〕) フリッツが恋しい*15


木曜日 〔十月七日〕
 セーレンから手紙が届いた。私の心づもりをもう知っていて、泣いていた。明日の午後に来てほしいと頼んだ。おできがまだひどいらしい。


金曜日 〔十月八日〕
 セーレンは午後来なかった。夜になっても来なかった。だからといって私のほうから気遣いしたり、心配したりすべきだというつもり? 彼の嫉妬も、いつものふてくされも、みんなそうさせたいがためなんだから。


月曜日 〔十月十一日〕
 私はセーレンに、あなたはもう自由よ、と言ってやった。最後にもう一度私にキスをして、もう二度と来ないように頼んだ。私はお腹が痛くなった。彼は顔が真っ白になり、私の手を取っても視線を定められずにきょろきょろしていた。コーネリア 〔姉〕 が入ってきたけれど、すぐに出ていってしまった。彼は腰を下ろして泣き出した。私に約束するよう要求した*16。[…]


火曜日 〔十月十二日〕
[…]
 昨日、婚約を解消したのは自分のほうだ、とセーレンが繰り返し言った時に感じためまいはもうしていない。セーレンは、そういうことにしてくれ、と言って私にキスしたようだったけれど、私も、そんなこと誰も信じないわ、と言ったはずだ。彼はもう自分の好きなようにすればいい。彼とはもう婚約していないことを私が言わずにいればいいのだから*17


[…]


火曜日 [日付不明]
 噂ではセーレンがベルリンで踊り子と婚約したそうだ。これもまた彼の思いつきだ。私は彼に神に誓って約束をしてあるので、それを破るつもりはない*18。みんなが同情してくれる*19。周囲を欺く才能の持ち主はセーレン一人だけではない*20。ただもう無事でいてくれればと思う。[…] *21


というわけで、以上の日記の内容が正しいとするならば、婚約解消を言い出したのは、Kierkegaard ではなく、Regine からだった、ということみたいです。どうも、二人の心がすれ違い、喧嘩ばかりして、将来幸せになれるような気がしなかったので、Regine は婚約の解消を申し出たのだろうと思われます。加えて、彼女はフリッツのことも好きだったので、フリッツの方がいいと思い、婚約を解消したのだろうと思われます。この婚約解消の件に関しては、Kierkegaard にも言い分があるでしょうから、以上の Regine の話がすべて真実であると即断してしまうのはよくないでしょうが、しかし、Kierkegaard のことを一途に思いつめて恋していた女性に、Kierkegaard が愛の純粋さを貫くために、一方的に拒絶した、というのとは、ちょっと違うようですね。二人の間で、ああだ、こうだと、もめたり綱引きがあり、結局うまくいかなくてご破算、ということみたいですね。まぁ、よくある話だ。それにしても Kierkegaard くん、女の前で泣いてはいけないよ。 私も女の子に婚約解消みたいなこと、されたこともありますが*22、泣かなかったけど。まぁ、しばらくの間、呆然として青ざめた顔をしていたので、あまり人のことは言えませんが…。それにしても、そんなにたびたび女の子の前で泣いちゃダメでしょ。泣くなら陰で泣いたほうがいい。とはいえ、ほんとに好きだったんだろうし、すごく好きな子を失いたくないという気持ちはよくわかるけれど。でもまぁ同情するよ、Kierkegaard くん。確かにつらいよね。泣きたい気持ちはよくわかる。僕も経験したから。あとそれと、Regine さんも、いい女の子ですね。引用文の一番最後に「ただもう無事でいてくれればと思う」と、Kierkegaard を気遣った言葉を記してくれている。やさしいですね。長島先生の訳された Regine の日記全部を通して読むと、彼女も Kierkegaard に心が揺れていて、婚約解消を言い出したあとも、彼のことが少し好きで、悪く思っていない気持ちが伝わってきます。振られはしたけれど、やさしい子に振られて Kierkegaard くんもあるいみ幸せだったと思います。おかげで愛とは何なのか、生きるとは何なのか、その理解を深め、その思索の結果を私たち後世に残すことができたのですから。Kierkegaard くんの愛の考察については、またおいおい参考にさせてもらいます。貴重な経験からくる重要な考察を私たちに与えてくれてありがとう。


本日の記述に関して、何か間違ったことを述べているようでしたら謝ります。大変すみません。

*1:桝田啓三郎、「解説」、キルケゴール、『反復』、桝田啓三郎訳、岩波文庫岩波書店、1956年、改訳1983年、301-302ページ。

*2:長島、「(上)」、22, 27ページ。この27ページに次のようにあります。「『レギーネオルセンの日記』は、二〇〇一年に [のちに Regine が結婚した夫の親類である] エリック・ソンナーゴー・ハンセンによって刊行された。」 書名、著者名、出版社名の alphabet によるつづりなどは、長島先生の報告文中には書かれていません。調べればわかると思いますが…。

*3:長島、「(下)」、32ページ。

*4:'〔 〕' は、「筆者」による挿入と本文中に書かれています。長島、「(上)」、28ページ。私はこの「筆者」を長島先生と解しました。あるいは日記編者による挿入かもしれませんが…。

*5:ここから、Regine が Kierkegaard に婚約解消を言い出したことがわかります。

*6:ここでの「私を愛してほしい」という言葉が表わしているのは、婚約解消を求められた Kierkegaard が「そんなこと言わずに私のことを愛してほしい」と言ったのではなく、たぶん Regine が自分のことを愛してほしいと Kierkegaard に言っているのだと思います。最初にここを読んだときには、「私を愛してほしい」という言葉の「私」は Kierkegaard と解するのが自然と思われましたが、「私を愛してほしい」という懇願の後に、それを受けるようにして、「彼は、私をかわいいコケットと呼んだ」とあるので、頼んだのは Kierkegaard ではなく、Regine だろうと私は推測しています。その場合、「彼は、私をかわいいコケットと呼んだ」は、「彼は、私をかわいいコケットと呼んでくれた」ということになります。でも、この私の解釈が正しいとすると、Regine は婚約の解消を求める一方で、愛してもほしいと言っていることになる。矛盾しているような気もしますが、男と女がぐちゃぐちゃになっている時って、こんなもんだと思う。ぐちゃぐちゃの時って、はたから見ていてもよくわからないし、当人もよくわからなくなっているものですよね、経験的にそう思う。

*7:先の桝田先生の解説文参照。

*8:指輪を返してきたのは、冷静に熟慮してのことではなく、気持ちがひどく落ち込んで、やけになり、本意でないのにそうしてきたにちがいない、と Regine は判断しているのだろうと思います。

*9:なぜ「ばかげている」と言ったのだろう? 私の推測では、婚約解消を言い出したのは、私の方であって、Kierkegaard の方ではないと、Regine が思っていたからではないのだろうか。あるいは、「彼は私がいないと不幸になる」のだから、私に指輪を返して婚約を解消し、自ら進んで不幸になるようなまねをするのは「ばかげている」ということなのだろうか。それとも、「感情的に指輪を付き返すなんて、どうかしている」というつもりで「ばかげている」と言ったのだろうか。どれが正解かわかりませんが、私は一番最初か、一番最後の答えが合っているような気がします。なおここでのやり取りから、婚約指輪は桝田先生の解説にあるように、手紙を添えて Regine のもとに郵送されたのではなく、Kierkegaard が Regine に (手紙を添えつつ) 直接手渡ししたものと思われます。でないと、すぐに「ばかげている」とは Kierkegaard に言い返せないでしょうから。

*10:この文も、指輪は返送されたのではなく、直接手渡ししたことを裏付けているように思われます。

*11:「私が好きだと言って」の「私」とは誰のことを指すのか、この邦訳からは、はっきりしないと思う。Kierkegaard が Regine のことを「好きだ」と言って、奥に引っ込んだのか、それとも Regine が Kierkegaard に「私のことを好きだと言ってほしい」と言ったのか。ちょっとよくわからない。たぶん、前者が正しいと思うのですが…。

*12:気持ちが覚めてしまった女性がよく言いそうな感じの言葉ですね。「また私に好意を持っている言い方をしている。やめてと言っているのに、ほんとしつこい。もううんざり。」 そんな感じでしょうか。私はそのように解釈しました。

*13:なぜ知るべきではなかったのだろうか。おそらくですが、Kierkegaard が他の女性に惚れたことを漏らし、その情報が Regine に伝われば、Regine が嫉妬心に駆られ、動揺する可能性があり、そのことを狙ってわざと Kierkegaard は揺さ振りをかけてきているだろうから、その術中にはまらないためにも知らないでおいたほうがよかった、ということではないでしょうか。たぶんですけれど…。

*14:秘密というのは、他の女性に惚れたということだろうと思います。もう自分は Kierkegaard のことを何とも思っていないのだから、そちらはそちらで勝手にすればいいのであって、思わせ振りな行動はやめてほしい、ということだろうと推測します。

*15:Regine は Kierkegaard に出会う前から、このフリッツのことが好きだったようです。長島、「(上)」、25, 26ページ。

*16:何を約束し要求したのかわかりませんが、翌日の日記を見ると、おそらくですが、婚約解消を言い出したのは、Regine からではなく、Kierkegaard からだったと約束し、人から聞かれてもそのように答えるよう要求したのだろうと思います。事実は逆だったのでしょうが…。

*17:身近な人を除いて、自分がもう婚約していないとか、婚約を解消したなどと、わざわざこちらから言わなければ、どっちがどっちに対して婚約解消を言い出したのかと詮索されずにすむので黙っておこう、ということなのだろうと推測します。

*18:この約束とは、先ほど述べたように、最初、Kierkegaard から Regine に対し、婚約解消の話があったことにする、という約束なのだろうと思います。

*19:Kierkegaard から一方的に破談にされて、みんなが Regine に同情してくれる、ということなのだろうと思います。

*20:つまり、自分も Kierkegaard 同様に周囲を煙に巻いて、事実に反するが、婚約解消を言い出したのは Kierkegaard だということにしておくつもりだ、と Regine は言っているのだろうと思います。

*21:以上の引用文は、長島、「(下)」、32-35ページ。

*22:前回の日記で、この件に関しちょっとだけ言及しています。詳しいことは語っていませんが。