Current Philosophical Terrains

PhilPapers という home page があります。とても有名なもので、哲学の文献を探したり、情報交換をするのに利用されているようです。私自身は普段あまり利用はしません。利用することもありますが、一人でのんびり自力でやっておりますので、あまり利用する機会がありません。そのため、この page をくまなく歩き回ってあちこちを見たことがありません。しかし、この page のなかには面白い情報もあるようで、以下のような興味深い page があることを、つい最近知りました。

    • The PhilPapers Surveys Preliminary Survey Results, http://philpapers.org/surveys/results.pl

説明文には次のようにあります。

The PhilPapers Survey was a survey of professional philosophers and others on their philosophical views, carried out in November 2009. The Survey was taken by 3226 respondents, including 1803 philosophy faculty members and/or PhDs and 829 philosophy graduate students.*1

哲学の専門家や院生に enquête を取り、以前からある哲学上の争点に関し、あなたはどの立場に立ちますか、というような質問を投げかけ、その結果を集計したものです。2009年に収集された情報であるため、ちょっと前の集計結果ですが、近ごろの哲学的状況、哲学的常識、哲学的雰囲気を表わしているように思われ、なかなか興味深いものがあります。PhilPapers は有名ですから、この結果は既に周知のことかもしれませんが、私はこの間までまったく知りませんでしたので、ご存じでない方もおられるかもしれませんから、調査結果の一部、言語哲学や数学の哲学、論理学の哲学に関係してきそうなものだけを、ここで紹介してみます。なお、enquête に答えた方々の多くは、日本でいわゆる「分析系」と呼ばれる部類に入る方が大半のように思われます。いわゆるフランス現代思想の方々や東洋哲学の方々などは、あまり含まれていないか、ほとんどおられないように見受けられました (本当は結構含まれているのに、私が見落としているようでしたらすみません)。ですので、現代の世界の全領域をくまなく cover しているわけではないようなので、現状の一部を表わしているだけであろうと思います。しかし、それでもこのような調査はたぶん珍しいと思いますので、貴重であろうと推測します。ともあれ調査結果を見てみましょう。

A priori knowledge: yes or no?
[ア・プリオリな知識はあると思いますか?]


Accept or lean toward: yes 662 / 931 (71.1%)
Accept or lean toward: no 171 / 931 (18.4%)
Other 98 / 931 (10.5%)


[「ある、またはどちらかといえばある」と答えた人が大半を占めているようです。興味深いですね。Kripke 先生の影響でしょうか?]

Abstract objects: Platonism or nominalism?
[抽象的対象について、あなたは Platonism を受け入れますか、それとも唯名論?]


Accept or lean toward: Platonism 366 / 931 (39.3%)
Accept or lean toward: nominalism 351 / 931 (37.7%)
Other 214 / 931 (23.0%)


[これは意見が割れています。若干 platonists の方が多いか? どうしてまた platonism を本気で受け入れられるのか、そのあたりに興味を覚える。Indispensable だから仕方ないと考えているのか?]

Analytic-synthetic distinction: yes or no?
[分析/総合の区別を認めますか?]


Accept or lean toward: yes 604 / 931 (64.9%)
Accept or lean toward: no 252 / 931 (27.1%)
Other 75 / 931 (8.1%)


[これは多くの人が認めると答えているようです。Quine 先生の影響はだいぶ薄まっているのか? もっと薄まっていてもよさそうだと思うのだが…。]

Logic: classical or non-classical?
[論理については古典論理を取りますか、それとも非古典論理?]


Accept or lean toward: classical 480 / 931 (51.6%)
Other 308 / 931 (33.1%)
Accept or lean toward: non-classical 143 / 931 (15.4%)


[これはほぼ半数の人々が古典論理を取るとしています。非古典論理は15%だけですね。個人的には15%は少ない気がする。建前としては古典論理でなければならないと言いながら、裏ではせっせと非古典論理を利用していたりして。]

Metaphilosophy: naturalism or non-naturalism?
[哲学に対しては、自然主義の立場を取りますか?]


Accept or lean toward: naturalism 464 / 931 (49.8%)
Accept or lean toward: non-naturalism 241 / 931 (25.9%)
Other 226 / 931 (24.3%)


[これもほぼ半数が哲学の自然化を受け入れるとしています。これを多いと見るか少ないと見るか、微妙な感じがする…。科学の成功の前では、自然化に抗うことは難しいので、もっと自然主義の立場が多くても不思議ではない感じがするが、あまり自然化してしまうと、もう哲学ではなくなるような気がするからか?]

Proper names: Fregean or Millian?
[固有名に関し、記述のようなものを介して対象を指すと考えますか、それとも固有名は単なる tag?]


Other 343 / 931 (36.8%)
Accept or lean toward: Millian 321 / 931 (34.5%)
Accept or lean toward: Fregean 267 / 931 (28.7%)


[これは三つの立場へとバラバラになっていますね。ほぼ三等分という感じがする。単なる tag と考える立場と (34%), 記述のようなものを介していると考える立場と (28%), それ以外で (36%), それ以外が一番多い。ほぼ三等分とするならば、固有名の意味論に関しては、いまだ優勢な立場が現れていないということだと思います。まだ大勢が決していないということでしょう。三者が均衡状態にあり、今後どの立場に形勢が流れるのか、流動的だということです。今回紹介のために取り上げた enquête 結果のうち、この固有名の意味論だけが最も不安定な状況にあります。Frege/Russell が勝つのか、Kripke が勝つのか、それとも他の誰かが勝つのか、予断を許さないと言えます。このいみで言語哲学は終わっていない、心の哲学に勢いがあるとしても、言語哲学いまだ死なず、という感じでしょうか。]

Truth: correspondence, deflationary, or epistemic?
[真理については対応説を取りますか、それともデフレ理論を取りますか、あるいは検証主義のような認識論的な言葉で真理は説明されるべきですか?]


Accept or lean toward: correspondence 473 / 931 (50.8%)
Accept or lean toward: deflationary 231 / 931 (24.8%)
Other 163 / 931 (17.5%)
Accept or lean toward: epistemic 64 / 931 (6.9%)


[これは対応説が半数を占めていますね。Truth maker 理論がはやっているせいなのだろうか?]


以上から、典型的な分析哲学者の姿が浮かび上がってきます。それは次のような立場を取る人です。つまり、

A priori な知識はあると信じており、抽象的な対象は本当にあると思っていて、分析と総合の区別は有効であると考えており、古典論理を使用するのが正しく、哲学は自然化されるべきであって、真理の対応説を支持し、固有名の意味論に関しては任意の立場を取る。

というものです。これはどうなんでしょうか? 許されるべきことなのでしょうか? あるいはそこまで言わずとも、万人にお勧めできる立場なのか? この典型的分析哲学者を見ると、ものすごく強力な立場に立っているようにも見えるし、何だか戯画的にも見える。今の私にはこれをどのように評価したらよいのか、正直に言って、よくわからない。ただとりあえず、固有名の意味論、広くは哲学上の意味論的立場は、大勢が決しておらず、今後、どう転ぶか注目の分野であるということは、個人的に確認できたと思います。言語哲学に勢いがなくなって久しいと思いますが、それは言語哲学上の重要問題がすべて解決されてしまったから、ということによるのではなく、現在も重要問題の解決は見ておらず、ただ手詰まりの状況にあるのだろうと感じました。固有名の意味論について、今後注視していきたいと思います。

なお、今回ご紹介しました The PhilPapers Surveys の page では、上記の集計結果のより詳しい内容が、当該 page で見ることができます。名前の知られた研究者が具体的にどのように回答しているのかも知ることができます (例えば、Barry Smith, John Perry, Nathan Salmon, Stephen Yablo 先生など)。今回の紹介でご興味を持たれた方は、さらに進んで当該 page をご覧いただければ、もっと楽しめるかもしれません。


最後に。本日の記述に関し、間違ったことを述べておりましたらすみません。お詫び致します。

*1:The PhilPapers Surveys Results, Analysis and Discussion, http://philpapers.org/surveys.