• Ian Rumfitt  The Boundary Stones of Thought: An Essay in the Philosophy of Logic, Oxford University Press, 2015

Description の冒頭を一部引用しておきます。

The Boundary Stones of Thought seeks to defend classical logic from a number of attacks of a broadly anti-realist character. Ian Rumfitt is sympathetic to many of the premisses underlying these attacks. Indeed, he regards some of them as effective challenges to certain principles of classical semantics, notably the Principle of Bivalence. He argues, though, that they are ineffective against classical logic itself.

ご覧の通り、古典論理を擁護する書籍。ここのところ、ずっと非古典論理の躍進が続いていると思いますので、その中で古典論理を擁護することは、情勢からして容易ではないように感じられます。論理の demarcation problem にも本書は関わっていると思われますが、今どき demarcation problem をやることはまったく流行ではないと思います。しかし、それでもこの種の問題はまだ決着がついていないのかもしれません。いずれにせよ、現在の大勢がどうあれ、個人的には興味深い研究と思われますので、Rumfitt 先生のご研究には敬意を表したいと思います。(そもそも興味もなければ重要視もしていなければ、先生のご高著を購入しようとは思いませんし…。)


定期購読している journal が届いた。

  • History and Philosophy of Logic, vol. 36, no. 1, 2015


  • John W. Dawson  ''Obituary for Ivor Grattan-Guinness (1941–2014)''
  • Spencer Johnston  ''A Formal Reconstruction of Buridan's Modal Syllogism''
  • Yann Benétreau-Dupin  ''Buridan's Solution to the Liar Paradox''
  • Elena Ficara  ''Hegel's Glutty Negation''
  • John Corcoran and Hassan Masoud  ''Existential Import Today: New Metatheorems; Historical, Philosophical, and Pedagogical Misconceptions''
  • Paolo Mancosu  ''Grundlagen, Section 64: Frege's Discussion of Definitions by Abstraction in Historical Context''

伝統的論理学の研究のネタは、遠い昔にもう尽きたのかと一般には思われてしまうところですが、Corcoran and Masoud 先生の論文題名からして、ネタ切れなどと言うにはまだまだ早すぎるようですね。

この他、個人的に特に興味深いのが、Mancosu 先生の論文。先生の論文の梗概は以下の通り。


I offer in this paper a contextual analysis of Frege's Grundlagen, section 64. It is surprising that with so much ink spilled on that section, the sources of Frege's discussion of definitions by abstraction have remained elusive. I hope to have filled this gap by providing textual evidence coming from, among other sources, Grassmann, Schlömilch, and the tradition of textbooks in geometry for secondary schools (including a textbook Frege had used when teaching in a Privatschule in Jena in 1882–1884). In addition, I put Frege's considerations in the context of a widespread debate in Germany on ‘directions’ as a central notion in the theory of parallels.

先日、雑誌の『科学基礎論研究』最新号を入手しましたが、この雑誌と合わせて、時間ができれば上記の journal の一部論文も読みたいです。


  • 鈴木信太郎、中平解他  『新スタンダード仏和辞典 デスク版』、大修館書店、1991年


村上さんが interview に答えておられます。読み比べると、どちらの記事も基本的には同じようです。厳密に一文一文突き合せて確認したわけではありませんが、まったく同じか、あるいはほとんど同じに見えます。ただし、interviewer の言い回しが少し違っているところがあるのと、一方が漢数字を使っているところで他方がアラビア数字を使っているという違いがあり、また、東京新聞版は小見出しがあちらこちらに付いているのに対して、西日本新聞版は小見出しがありません。加えて、東京新聞版は、写真としては村上さんの肖像写真が一枚だけあるのに対し、西日本新聞版は同じ肖像写真と共に、地下鉄サリン事件の救護の模様を写した写真が一枚、追加されています。それに西日本新聞版は、記事の冒頭に新聞記者による導入的な文が置かれていますが、東京新聞版では、そのような導入は記事の冒頭にはありません。まぁ、細かいことを言わなければ、文章の上ではどちらもほぼ同じと言ってよいように感じられます。

記事の内容は大よそ次の通りです。箇条書きにします。最近期間限定の home page を立ち上げて、読者の質問に答えていること。オウム真理教による地下鉄サリン事件から20年が経ったこと。オウム真理教を取材したときの印象。その取材から得られた教訓。流動性が高まっている現代という時代について。Islam との関係で頻発している terrorism. 現代の世界において自分の小説が描く物語の意味とその物語の構造。2014年香港反政府デモへの支持表明。現在の Asia と日本との関係。Asia を侵略したことに対し、納得してもらえるまで謝罪する必要があること。福島原発事故の問題点。'Nuclear power plant' は「原子力発電所」というように、オブラートに包んだ呼び方をするのではなく、事実を直視して文字通り「核発電所」と呼ぶべきではなかろうか、など。