Dash or Prime, Which Is the Correct Reading of the Mark " ' "?

本屋さんで、出たばかりの

を手に取り、中を見てみると、

という記事を見かける。ちょっと興味を覚えました。拝見させていただくと、「えっ、それは知らなかったな」というようなことが書かれていました。


論理学や数学の文献で「a'」や「a''」のような表現を目にすることがあります。この「a'」における「a」の右肩の点「 ' 」は、何と読めばよいでしょうか? それは「ダッシュ」と読まれることがありますが、正しくは「プライム」と読むのだろうと、私は思っておりました。(日本では) 「プライム」が正しく、「ダッシュ」は間違っていると思っていました。しかしこれは、上記文献、田野村先生の調査によると、正しくないようです。先生は英語で書かれた数学の文献で、問題の点「 ' 」が、歴史上、いつ出てくるのか、さかのぼって調査されています。

先生によると、問題の点が英語の数学文献に現れるのは、先生が確認できた限りでは、19世紀半ばだそうです (『数セミ』、55ページ)。

先生が見つけられた19世紀半ばのある数学文献には、問題の点は「ダッシュと読む」と (英語で) 記されていました (同ページ)。また同じ頃の別の数学文献では「プライムと読む」と (英語で) 記されていました (同ページ)。

つまり、もしもこれらの文献が問題の点の出現初期の事例だとするならば、問題の点が世に現われた当初、その点を英語で「ダッシュ」とも「プライム」とも読んでいた、ということです。

しかし、それでも「従来アメリカでは、その点は専ら「プライム」と呼ばれていたのではないか」と思われるかもしれません。ですが、先生の調査によると、しばらく前のアメリカの数学文献 (1936年) にも、その点は「ダッシュと読む」と記されていました (56ページ)*1

しかし、それでも「最近では、問題の点を、英語では専らプライムと読むはずだ」と思われるかもしれません。ですが、ここでも先生の調査によると、2000年代に入ってからの英語理工系文献でも、その点を「ダッシュと読む」と書かれている事例があります (57-58ページ)。


以上の実証的な調査により、問題の点「 ' 」は、昔から今に至るまで、英語の数学文献で「ダッシュ」とも「プライム」とも読まれてきたのであって、その点はどちらで読んでもよい、ということです。「プライム」が正しく、「ダッシュ」と読むのは間違っている、というのは間違っている、ということです。これは知りませんでした。私は何となく、点「 ' 」は「プライム」と読むのが正式で、「ダッシュ」と読むのは間違い、または通俗的な読み方に過ぎないとばかり思っておりましたが、歴史的な事実からすると、どちらの読み方でも OK だ、ということみたいです。確かに大切なのは、誤解なく相手に伝わる読み方であることです。そうすると、誤解なく内容の伝わる読み方であれば、ことさら「ダッシュ」を間違いとする理由はない、ということになりそうです。

先生のこの調査に対しては、数学史家による検証があるといいですね (先生は言語学者のようです)。先生の調査が正しいものとして追認されるかもしれませんし、あるいはひょっとすると反例のようなものが見つかって、さらに深い研究の展開が見られるかもしれません。


本日の話に関し、私による記述に間違いが含まれていてはいけませんので、詳細、正確には、上記の田野村先生の文献をご覧ください。含まれているかもしれない私の間違いに、ここでお詫び申し上げます。先生の貴重な調査に感謝致します。

*1:アメリカで出たという文献について一言。元々イギリスで出た本が、アメリカで出版し直されるということがあります。この場合、アメリカで出てはいても内容はイギリス版と同じということもあり得ます。そこで、先生が確認された「しばらく前のアメリカの数学文献 (1936年)」も、もしかすると元々イギリスで出ていたもので、それと同じ文献がアメリカで焼き直しされただけなのかもしれない、と推測することもできます。この推測が当たっているならば、その1936年の「アメリカ」の文献で、問題の点を「ダッシュと読む」と記されていても、そう読んでいたのはイギリスでのことであって、アメリカでその点を「ダッシュ」と読んでいた証拠にはならない、と主張することもできます。しかし先生のその1936年の文献は、アメリカ科学アカデミーの Proceedings ですので、イギリス版の焼き直しという可能性はないと思われます。