Reading Kafka's Die Verwandlung, Part I.

[ここ数年、毎年2月の末は、私が昨年一年間に読んだ文献で感銘を受けたものを紹介していましたが、今年はその原稿が用意できておらず、来月以降のいつかに紹介させていただくか、あるいは場合によっては今年はその紹介を取りやめて、パスさせてもらうかもしれません。どうかご了承ください。]

 

目次

 

はじめに

これまで Wittgenstein の Philosophische Untersuchungen の一部をドイツ語原文で読んで来ました。それもしばらく続きましたので、今日は趣向を変えて Franz Kafka の Die Verwandlung の冒頭、第一段落を原文で読んでみたいと思います。いわゆる『変身』の最初の部分ですね。

2024年は Kafka 没後100年ということもあり、関連書籍がいくつか刊行されました。そこで「『変身』の原文を少し読んでみようかな」と思ったわけです。

ということで、以下ではドイツ語の原文を挙げ、その文法事項を私のほうで解説し、私訳として逐語訳を付け、いくつかの邦訳を引用して比較してみようと思います *1

 

原文は次を利用させていただきます。

・Franz Kafka  Die Verwandlung, Kurt Wolff Verlag, 1917, The Project Gutenberg eBook of Die Verwandlung, <https://www.gutenberg.org/cache/epub/22367/pg22367-images.html>.

では、さっそく最初の段落を引いてみましょう。

 

ドイツ語原文
ALS Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Träumen erwachte, fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheueren Ungeziefer verwandelt. Er lag auf seinem panzerartig harten Rücken und sah, wenn er den Kopf ein wenig hob, seinen gewölbten, braunen, von bogenförmigen Versteifungen geteilten Bauch, auf dessen Höhe sich die Bettdecke, zum gänzlichen Niedergleiten bereit, kaum noch erhalten konnte. Seine vielen, im Vergleich zu seinem sonstigen Umfang kläglich dünnen Beine flimmerten ihm hilflos vor den Augen.

 

ドイツ語文法事項

まず、私のほうで文法事項を解説し、そのあと、以下に記す注釈書を参照しました。注釈書を執筆された先生方に感謝申し上げます。

 

ALS: 全部大文字になっているのは様式美上の都合からであって、深い意味はありません。文の意味内容には関係ありません。さて、読み進める上での頭の働かせ方について述べます。話の始まりである文頭で Als と来れば、大方は副文を構成する接続詞としての als であり、前置詞である可能性は低いと考えられます。従って今回のような場合の als は接続詞であろうと予測しつつ、そうであるならば、このあとに主語である名詞と、枠構造を成す動詞が副文末に来るだろうと期待しながら読み進めて行きます。するとさっそく als のあとに名詞 Gregor Samsa が来ていて、これが主語だろうと想定し、読み進めた結果、副文末で動詞 erwachte を見付けて、以上の推測が正しかったことを確認し、それから次の主文へと読み進めて行きます。ただし読み進める中で、以上の推測に合わない表現が出て来たならば、その推測を変更して違う解釈を考えなければなりません。

eines Morgens: この語句は2格になっています。これはいわゆる「副詞的2格」で、「ある朝の」ではなく「ある朝に」というように、副詞として訳します。

fand er sich ... zu ... verwandelt: 4格 + 形容詞 + finden で「(4格) が (形容詞) であることに気が付く」。ここでは「自分 (sich) が変身 (verwandelt) していることに気が付く」。

lag auf seinem panzerartig harten Rücken: auf dem Rücken liegen で「仰向けに寝る」。「腹ばいに寝る」は auf dem Bauch liegen。

ein wenig: 肯定的に「少しは〜する」のニュアンス。ただの wenig だけだと否定的に「あまり〜しない」のニュアンス。

seinen gewölbten, braunen, von bogenförmigen Versteifungen geteilten Bauch: seinen から geteilten までが Bauch を修飾しています。お腹の有り様を形容しているわけです。von bogenförmigen Versteifungen geteilten は特に「冠飾句」と呼ばれます。単発の形容詞が名詞を修飾しているのではなく、前置詞句など、複数の語句が名詞を複雑に修飾していることが冠飾句の特徴です。ここでの読み進め方を述べておきます。この前に sah が出て来ていました。これは他動詞ですからこのあと目的語の4格名詞が出て来ることを予想しながら読みます。しかしその前にコンマ (,) があって wenn が来てますので、wenn が副文の挿入文を成す接続詞だろうと予測し、枠構造を作る動詞 hob とコンマ(,) を見付けてこの予測の正しさを確認します。そして「目的語の4格名詞はまだかな?」と考えながら seinen を見ますと、これは所有冠詞で男性4格か複数3格のどちらかであり、しかし sah に対する目的語は普通男性4格であろうから、この seinen はたぶん男性4格で、そのうちこれに対応する男性名詞が出て来るはずだと期待するのですが、このあとの gewölbten も braunen も、明らかに形容詞であり、「まだかな?」と思っているとコンマのあとに前置詞 von が出て来て「おや?」と思うわけですが、とするとこの前置詞に対する名詞がまず最初に出て来るはずで、すると大文字から始まる単語 Versteifungen が来たので、たとえこの語の意味がわからずとも、これが von に対する名詞だと気が付きます。そしてそのあとに geteilten という形容詞化していると思われる過去分詞を目にした途端、「von は「〜によって」の意味で、〜によって teilen されたのだな」と想像が付きます。そうしたあとで、またしても大文字の単語 Brauch が出て来てここで文が終わっているので、これが探していた sah の4格目的語だとわかります。そしてさきほどの gewölbten も braunen も Brauch にかかっており、また von から geteilten までについても、これは冠飾句で Brauch にかかると考えられて、ここまでの分析に何も矛盾はないことから、以上の読みが正しいことを確認して、一つの文を読み終えます。長い説明でしたが、ドイツ語を第二、第三外国語等として読んでいる時は、普通誰もが、自覚的にまたは無自覚に、今説明したロジックを働かせながら読んでいると思います。今のような考え方を瞬時に無自覚に働かせることができればできるほど、ドイツ語の読解がより上達して行くわけですね。なかなか難しく、長い道のりですが。

auf dessen Höhe: dessen は関係代名詞男性2格。先行詞は Bauch。文字通りにに訳すと「そのお腹の高さの上に」。ここの読み方を示します。dessen は関係代名詞の男性2格か中性2格です。直前に男性名詞 Bauch があったので、dessen は男性2格で、先行詞はこの Bauch だろうと見当を付けます。そして dessen はうしろの Höhe にかかり、auf dessen Höhe でひとまとまりの副詞的語句を成します。そうならば Höhe のあとに関係文を構成する主語と、文末に枠構造を成す動詞が来るはずだ、と予測します。すると早々に名詞 die Bettdecke が来ているのでこれが主語だろうと考え、読み進めて行くと zum ... bereit が来ますが、これは明らかに挿入句ですから、これを越えて読み進めると最後のピリオド (.) の前に助動詞とそれが従える動詞の不定形 erhalten konnte が来ているので、これが求めていた枠構造を成す動詞句だと判断できます。(そして主語 die Bettdecke の前にあった sich は erhalten の取る再帰代名詞だとわかります。)

sich die Bettdecke, ... erhalten konnte: sich4 + erhalten で、「保存される、維持される」。

zum gänzlichen Niedergleiten bereit: zu + 3格 + bereit で「(3格) の用意ができている、心構えができている」。

Seine vielen, ... Beine: この Seine から Beine までが長い主部。ここの文の読み方を記します。Seine vielen が目に入ると vielen が「多い」の意味であることから Seine は所有冠詞の複数形で、しかも文頭にあることから4格ではなく、おそらく1格だろうと推測し、冠詞ですから名詞がこのあとに来るはずだと考えます。しかし直後にいきなりコンマが来て、しかも im Vergleich zu が目に入った瞬間、im Vergleich zu 以下はよくある挿入句ですからそのつもりで読み進み、まず最初に前置詞 zu に対する名詞が来て、そのあとに Seine に対する名詞が出て来るはずだと考えます。そうやって読み進むと名詞 Umfang が来るので、これがまず zu に対する名詞だと判断し、この名詞の直後にコンマはないものの、この名詞までが im Vergleich zu の挿入句だと考えます。すると次に kläglich dünnen という表現が出て来て、前者の kläglich は語尾変化していないので明らかに形容詞ではなく副詞として使われており、一方後者の dünnen は語尾変化しているから明らかに形容詞として使われていて、前者の副詞は後者の形容詞を修飾していると判断され、後者の形容詞が来ているからにはこのあとにやはり名詞が現れるはずだと期待すると、思ったとおり、直ちに名詞 Beine が出て来て、これが最初から求めていた名詞だと気付きます。しかもこれは初歩的な単語 Bein (足) の複数形だとわかるので、所有冠詞 Seine が複数形だと推測していたことと一致します。さらに名詞 Beine のすぐあとに、明らかに動詞の過去形 flimmerten が来るので Seine から Beine までが1格の主語句を形作っていると判断できるわけです。

im Vergleich zu seinem sonstigen Umfang: im Vergleich zu 3格で「(3格) に比べて」。sonstigen (それ以外の) の「それ」とはこの場合、以下の Beine のこと。

ihm... vor den Augen: ihm は3格なので「〜に」と訳しそうになりますが、これはいわゆる「所有の3格」で、「〜の」と訳します。ですから問題の語句は「彼の目の前で」という訳になります。3格の人称代名詞と共に Augen などの身体表現が出ていれば所有の3格を疑うとよいです。

 

逐語訳

ここでは意訳でもなく、直訳でもなく、逐語訳を施してみます。こうすることにより、以下で見る各種邦訳において、原文からどのように訳し直されているのか、よくわかるようになるからです。邦訳訳者の先生方は、まず原文を見て、以下に記す逐語訳に相当する内容を読み取り、そこから日本語で表現する内容を取捨選択し、適切な日本語表現を探し出し、自然な日本語に組み立てて行きます。このプロセスの初めに来る生データに当たるのがこれからお見せする逐語訳です。各先生方が何を取り、何を捨て、どんな言葉で表し直しているのか、このデータからある程度推測できるでしょう。

言うまでもないですが、逐語訳は私たち外国語を学ぶ者にとっては一つの学習上の方便であり、「最終的にこう訳すことがいい訳なのだ」ということではまったくありません。翻訳調ではない、自然な、それでいて正確な訳がいい訳です。ここでは便宜的に逐語訳をしているだけだということをご理解ください。

わざと逐語訳にするため、極力意訳も直訳も避け、不自然になっても構わずそのまま文字通りに訳しています。特に名詞が複数形である場合、しばしばそれがわかるように「〜たち、〜ども、〜ら、複数の〜」などと訳出していますが、これは非常に不自然な訳になっていることがあります。

ただし、ところによっては文字通りにせず、若干自然な意訳風にしているところもあります。しかし基本的にはこちらで色を付けずに、できるだけ機械的に訳しました。

なお、この逐語訳は、最初、各種邦訳を見ず、自力で訳しました。見てしまうと、それらの訳に引きずられてしまうからです。その後、各訳を拝見し、私の訳に修正が必要な場合には特に断りなく修正を入れ、以下にその結果を記載しています。それでは実際に訳してみましょう。

 

グレゴール・ザムザGregor Samsa ある朝に eines Morgens 不穏な夢たち unruhigen Träumen から aus 目を覚ましたerwachte 時 ALS, 彼は er 自分が sich  彼のベッドの中で in seinem Bett 一匹のeinem ものすごい ungeheueren 害虫 Ungeziefer に zu 変わっていることに verwandelt 気が付いた fand. 彼は Er 彼の seinem 甲殻のように panzerartig 硬い harten 背中の Rücken 上で auf 寝ていた lag そして und 彼が er 頭を den Kopf 少し ein wenig 持ち上げた hob 時 wenn, 彼のseinen 丸く盛り上がった gewölbten, 茶色の braunen, アーチ型の bogenförmigen 硬いものたち Versteifungen によって von 分割されたgeteilten 腹を Bauch 見た sah, その高さの上に auf dessen Höhe 掛けぶとんが die Bettdecke, 完全に gänzlichen 下方滑落 Niedergleiten 寸前で zum ... bereit, かろうじて kaum まだ noch とどまることが sich ... erhalten できていた konnte. 彼の多くの Seine vielen, 彼のそれ以外の seinem sonstigen ずうたい Umfang と比べて im Vergleich zu 悲しいまでに kläglich  か細い dünnen 脚たちが Beine 彼の ihm 目の前で vor den Augen 所在なげに hilflos わさわさと動いていた flimmerten.

 

既刊邦訳

では、各種邦訳は上のドイツ語原文をどのように訳しているでしょうか。次の邦訳を見てみましょう。

ちなみに、上のドイツ語原文とそっくり同じ原文を元に各種の邦訳がなされているのか、私は確認していません。少しずつ、異なる原文を典拠にして訳されている可能性もありますので、この点を常に念頭に置いた上で、以下をお読みください。

拝見させていただいた邦訳は次の七つです。初めの二つは注釈書、残りは文庫版、新書版の訳です。文庫版、新書版は刊行年の昇順に並べてあります。

・本田雅也編著  『対訳 ドイツ語で読む「変身」』、白水社、2024年、8-9ページ、

中井正文編  『変身』、同学社対訳シリーズ、同学社、1988年、2-3ページ、

カフカ  『変身』、高橋義孝訳、新潮文庫、1952年、5ページ、

カフカ  『変身・断食芸人』、山下肇、山下萬里訳、岩波文庫、2004年、7ページ、

フランツ・カフカ  『変身』、池内紀訳、白水 u ブックス 152、白水社、2006年、5ページ、

カフカ  『変身 / 掟の前で』、丘沢静也訳、光文社古典新訳文庫、2007年、32ページ、

フランツ・カフカ  『変身』、川島隆訳、角川文庫、2022年、5ページ。

もちろんこれら以外にもまだまだ『変身』の邦訳はあるのですが、全部比べようとすると大変な時間と労力がかかりますし、読者の皆さんも、上に記した文献だけでもう十分と思われるでしょうから、たまたま見かけた上のものだけにしておきます。選から漏れた訳の先生方にはお詫び申し上げます。深い意味はありませんので、気になさらないでください。それでは上の順番で邦訳を引用してみましょう。

なお、どの邦訳についてもふりがなはすべて省いて引用します。

 

白水社注釈版
 グレーゴル・ザムザがある朝うんうんうなされつつ夢から目覚めてみると、寝ているうちに自分の姿がなにやらでかくて不気味な不快虫に変わっているではないか。仰向けの姿勢でいる自分の背中は甲冑のように固く、頭をちょっと起こしてみれば、見えるのはアーチ状にふくらんで、茶色くて、弓形の補強板でいくつもに分割された腹、そのてっぺんでは掛け布団が、すっかり滑り落ちる寸前で、もはやとどめるすべもなさそうなのだった。たくさんの、ほかの部分のボリュームとくらべて哀れなほどにかぼそい脚が彼の目の前で頼りなげにぴくぴくもぞもぞ動いていた。

ドイツ語原文の fand を「(変わっている) ではないか」としているところなど、臨場感があっていいですね。また「うんうんうなされつつ」とか「なにやらでかくて」とか「ぴくぴくもぞもぞ」という訳語は軽やかな感じが出ていて、深刻なような、深刻でないような、主人公が事態をどう捉えたらよいのか、戸惑っている様子が醸し出されていますね。

 

同学社注釈版
 ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると、ベッドのなかで自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな害虫に変わってしまっているのに気がついた。固い甲殻の背中を下にして、仰向けになっていて、ちょっとばかり頭をもたげると、まるくふくらんだ、褐色の、弓形の固い節で分け目をいれられた腹部が見えた。その腹の盛りあがったところに掛け布団がかろうじて引っかかっているのだが、いまにも滑り落ちてしまいそうだ。ほかのところの太さにくらべると、悲しくなるほどやせ細って、いまは本数ばかり多くなった足が頼りなく目の前でひらひらしていた。

これは比較的ニュートラルな感じの訳ですね。

 

新潮版
 ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変っているのを発見した。彼は鎧のように堅い背を下にして、あおむけに横たわっていた。頭をすこし持ちあげると、アーチのようにふくらんだ褐色の腹が見える。腹の上には横に幾本かの筋がついていて、筋の部分はくぼんでいる。腹のふくらんでいるところにかかっている布団はいまにもずり落ちそうになっていた。たくさんの足が彼の目の前に頼りなげにぴくぴく動いていた。胴体の大きさにくらべて、足はひどく細かった。

過去形と現在形を混ぜて邦訳し、変化を付けていますね。「おや?」と感じたのは「腹の上には横に幾本かの筋がついていて、筋の部分はくぼんでいる」の部分。「筋」とか「くぼみ」そのもののドイツ語は原文にないようですが、でもわかりやすく有り様を描写していますね。そして一つの文を二つに分けて訳しているところが特徴的ですね。

 

岩波版
 グレゴール・ザムザはある朝、なにやら胸騒ぐ夢がつづいて目覚めると、ベッドの中の自分が一匹のばかでかい毒虫に変わっていることに気がついた。甲羅のように硬い背中を下に、仰向けで彼は寝ており、ちょっと頭を持ちあげると、円くもりあがった褐色の、弓なりにいくつもの環節に分かれた自分の腹部が見えたが、てっぺんには掛けぶとんが、今にもずり落ちそうになりながら、かろうじてなんとか踏みとどまっている。目の前には、からだに比べて情けないほどにか細い脚が、おびただしく頼りなげにちらちらしていた。

こちらも邦訳を過去形にしたり現在形にしたりして変化を付けているところがあります。「弓なりにいくつもの環節にに分かれた自分の腹部」という訳は「環節」という訳語にインパクトがあって、とても気持ち悪い感じが出てますね。

 

白水社
 ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた。甲羅のように固い背中を下にして横になっていた。頭を少しもち上げてみると、こげ茶色をした丸い腹が見えた。アーチ式の段になっていて、その出っぱったところに、ずり落ちかけた毛布がひっかかっている。からだにくらべると、なんともかぼそい無数の脚が、目の前でワヤワヤと動いていた。

こちらも過去形、現在形の混在が見られます。また、一つの文を分けて訳しているところがありますね。「ワヤワヤ」という表現が印象的で、何となくユーモアが含まれた、不思議な気持ち悪さを感じさせます。

 

光文社版
 ある朝、不安な夢から目を覚ますと、グレーゴル・ザムザは、自分がベッドのなかで馬鹿でかい虫に変わっているのに気がついた。甲羅みたいに固い背中をして、あお向けに寝ている。頭をちょっともちあげてみると、アーチ状の段々になった、ドームのような茶色の腹が見える。その腹のてっぺんには毛布が、ずり落ちそうになりながら、なんとかひっかかっている。図体のわりにはみじめなほど細い、たくさんの脚が、目の前でむなしくわなわなと揺れている。

こちらも過去形、現在形の混在で、しかも現在形のほうが多いですね。そのため臨場感が増している気がします。

 

角川版
 ある朝、グレゴール・ザムザが落ち着かない夢にうなされて目覚めると、自分がベッドの中で化け物じみた図体の虫けらに姿を変えていることに気がついた。甲殻のような硬い背中を下にして仰向けになっており、頭を少し持ち上げると、弓なりの段々模様で区切られた丸っこい茶色の腹が見えた。腹のてっぺんに掛け布団が、完全にずり落ちる寸前で、かろうじて引っかかっている。全身のサイズからして見劣りする、かぼそい肢がたくさん、頼りなげに目の前でチラチラうごめいていた。

こちらも過去形、現在形混在ですが、ほとんどが過去形で、混在が控え目になっています。

 

感想

改めて感じたことを原文中の上から順に並べてみます。

Ungeziefer の訳語が人それぞれで、興味深く感じられました。単なる「虫」と訳すだけではこの語の持つ意味合いが出てきませんが、「虫」と訳されている場合でも、読み進めるとそれが不気味で恐ろしげな虫であることがわかってくるようになっているので、てんとう虫のような可愛らしい虫ではないとわかる仕掛けになっていますね。

また、Versteifungen という語とその前後も訳者によって訳にばらつきがありました。この語は動詞 versteifen (硬くする、硬くなる) を名詞にし、それを複数形にしたものです。なので、Versteifungen は文字通りには「硬くなっているものたち」ぐらいの意味ですが、これでは訳語として採用できないので、言われている状況を思い浮かべつつ訳者の先生方が工夫をこらした結果、訳にばらつきが出たわけですね。

それに flimmerten の訳語もそれぞれ似てはいますが、それでも三者三様という感じで、違いが出ていて面白いですね。虫の脚がたくさんうごめいているわけですが、擬態語、擬音語のようなものを使って雰囲気を出そうと工夫が試みられています。どこかコミカルな訳もあって、訳の違いが楽しめます。

あと、ドイツ語原文中に Niedergleiten という語がありました。Nieder が「下へ」の意味であり、gleiten は「滑ること」という意味なので、文字通りには「下方滑落」とでもなりますが、これではいくらなんでも不自然ですから、どの訳も名詞ではなく動詞的に「開いて」訳しています。これはドイツ語のいわゆる名詞的文体 (Nominalstil) の一種なんでしょうか? 日本語でなら動詞で表現するところをドイツ語では名詞で表現したがることがしばしばあります。この語もドイツ語のそんな名詞好きが現れているのかもしれませんね。

最後に一言添えますと、どの訳も総じてフレキシブルに、おおらかに訳しているように私は感じました。ドイツ語原文は文学作品ですから、「読ませる」文体で訳さなければならないのでしょう。厳密で、一語一語の意味をすべてすくい上げる訳だけで事が済むわけではなく、修辞上の観点も加味した、バランスの取れた訳を心がけなければならないわけですね。ただの哲学の文章、特に淡々とした散文からなる分析哲学の文章を訳すようにはいかないんだ、なかなか難しいですね。

 

終わりに

さて、皆さんはどの邦訳がお好みだったでしょうか? 私はニュートラルな感じで、原文からあまり離れていない気のする同学社注釈版が他と比べて好みだと思いました。奇をてらわない、あまり意訳していないものが私には好印象を与えるのかもしれません。別に他の訳が悪かったわけではありませんので、念のため。

さあ、今日はもうこれで終わりにします。今回の記述に関し、誤字や脱字、誤解や無理解や勘違いなどがあるかもしれません。そのようでしたらすみません。逐語訳のなかに誤訳や悪訳が含まれていましたらごめんなさい。今後、また勉強致します。訳者の先生方の注釈や邦訳は非常に勉強になりました。ここに感謝の意を表します。ありがとうございました。

 

*1:今回から何回かに渡り、Kafka の Die Verwandlung を読み、翻訳を試みるのですが、その試みの参考となりそうな文献が近年に刊行されています。つまり、2023年の終わりと2024年の終わりに同一著者による次の二つの文献が出ています。(1) 明星聖子、「没後一〇〇年のカフカ・テクスト 没後七〇年からの編集をめぐる葛藤」、『現代思想』、2024年1月臨時増刊号、総特集 カフカ青土社、2023年、(2) 明星聖子 『ほんとうのカフカ』、講談社選書メチエ講談社、2024年。明星先生のこれら二つの著作の中では、カフカの遺稿と、それを編集して出版した各種ドイツ語の版本、さらにはこれらドイツ語の版本から翻訳して出された邦訳書との間の複雑な関係が語られています。私自身は先生のこの二つの著作を拾い読みしただけですが、大変興味深い話が読めると思います。カフカのドイツ語テキストを翻訳する際のヒントも得られると思います。ただし興味深いとはいえ、遺稿とドイツ語編集本と邦訳書の三者関係はかなり複雑であり、カフカの専門家の方や、これからカフカで卒論や修論、博論を書くという方でもない限り、誰にでもお勧めできるという著作ではないと感じられます。学術文献ではないものの、一般向けの著作としては結構細かすぎる話が展開されているので、明星先生の二つの著作、特に後者の本は話が長いこともあって、読むのがなかなかつらいです。確かに参考になる話ではありますが、いろいろ錯綜していてメモやノートをとりながら読まないと頭に入ってこないように思われます (少なくともメモリーの少ない私には)。今日から Kafka の Die Verwandlung をドイツ語原文で読み、翻訳を試みるわけですが、明星先生の二つの文献は私はチラっと見ただけですので、私の翻訳には先生のご意見は反映させることはできていません。