Regeneration of the Concept The Extensions of the Concepts

岡本賢吾先生は次の本の巻末解説で

  • 岡本賢吾、金子洋之編、『フレーゲ哲学の最新像』、双書 現代哲学 5、勁草書房、2007年

この本に収録されている以下の論文を大変高く評価しておられます*1


なぜなのでしょうか? その理由は特に記されてはいないようです。このRuffino論文はNeo-Fregeanismを反駁しています。ですから岡本先生が評価されているのは、RuffinoさんがNeo-Fregeanismを見事に論破しているという点にあるのだろうと思われます。
しかし最近、岡本先生の論考をいくつか拝読させていただいた結果、先生が上記Ruffino論文を評価されるのは、単にRuffinoさんがNeo-Fregeanismをうまく反駁しているためだけではないような気がしてきました。


例えば先生は次の論文で包括原理を見直すことを提案されています。

包括原理といえば、その核心には概念の外延があります。したがって包括原理を見直すことは、概念の外延を見直すこととなります。実際先生は上記論文中で概念の外延を巡って考察を展開されています。


翻って上記Ruffino論文を見てみると、そこでは全篇に渡って概念の外延について論じられているのがわかります。Fregeにとって概念の外延とは何であったのかを分析し、そのことを通して、RuffinoさんはNeo-Fregeanismを論駁しようとされています。このためその論文では初めから最後まで、Fregeにとっての概念の外延を明らかにする作業が行われています。


こうして私は感じるのですが、岡本先生がRuffino論文を評価されるのは、単にそれがNeo-Fregeanismの効果的な反駁論文だからというだけでなく、概念の外延が何であるかが詳しく論じられているから、高く評価されているのではないでしょうか。Neo-Fregeanismに反論している論文は他にもたくさんあります。その中でもこのRuffino論文を取り上げておられるのは、この論文が、恐らく他の反駁論文と違い、概念の外延にその分析を常時定位している論文だからだと思われます。ですから極端なものの言い方をするならば、このRuffino論文がNeo-Fregeanism反駁のための論文でなかったとしても、Fregeにとっての概念の外延分析だけで先生は高く評価されたかもしれないと感じます。
もしも私のこの空想が正しいとするならば、Ruffino論文をNeo-Fregeanism反駁の文脈だけで読むのは少々もったいないということになるかもしれません。先生の意を汲むならば、件の論文はむしろ概念の外延とはそもそも何なのかということを考えるために読んでしかるべきだ、ということになりそうです。うまくNeo-Fregeanismを反駁しているかどうかということよりも、どれだけFregeにとっての概念の外延を解明できているかを見極めるべく読み込むこと、これがあるいは正しいRuffino論文の読み方なのかもしれません。


さらにもう一つ、空想することを許されるならば、私は次のように想像します。
最近ちらほらとFregeによる文章や、Frege以外の人物による文章を読んで感じることは、概念の外延というものは、あるいはFregeが考え出したのではなかったか、と思うのです。これは馬鹿げた発想かもしれません。なぜなら概念の外延という観念は、Fregeよりずっと昔から存在したからです。ですからそれがFregeの発明品であるはずはありません。しかし思うのですが、確かにその観念は以前からあった訳ですが、もしかするとFregeによって初めて概念の外延という観念は厳密な論理学的取り扱いを受け得るように精密化されたのではなかろうか、と感じるのです。昔から使われていた観念が精密化されて装いも新に使われ出すということがあります。例えば連続性という概念があります。この概念は昔々からありました。しかしこの概念の精密な取り扱いが可能になったのは、恐らくDedekind辺りからだろうと思われます。また例えば真理という概念があります。この概念も昔々からありました。しかし形式的に取り扱いが可能になったのは、恐らくTarski辺りからだろうと思われます。Fregeによる概念の外延も、これらと似たような精密化が、これらに幾分なりとも近い精密化が、Fregeによって計られたのではないだろうかと個人的に感じるのです。Fregeによる概念の外延の精密化の極点は、あの Basic Law V だろうと思われます。ここにおいて概念の外延の何たるかが、明確に定式化されています。そしてこれだけではありません。これ以外にも、この法則・原理を支えるいみで、概念や概念の外延に関し、様々な哲学的考察をFregeは展開し、実に細かい区別を色々と導入しています*2。彼以前には恐らく概念や概念の外延に対し、彼ほど精密でかつ数理論理学的な取り扱いを可能とさせるような定式化を施した人物は、多分いなかったのではないでしょうか*3


Fregeは自身で言っています。ドイツ語原文と和訳を掲げます*4

Die Erkenntnis, dass der Träger der Zahl nicht ein Haufe, Aggregat, System von Dingen, sondern ein Begriff ist, ist wohl wesentlich durch die Begriffsschrift gefördert worden. Statt des Begriffes kann man auch seinen Umfang nehmen, oder was ich dafür auch sage, die zugehörige Klasse. Diese Unterscheidung des Haufens (Aggregats, Systems) von der Klasse, die vor mir vielleicht noch nicht so scharf gemacht ist, verdanke ich, wie ich glaube, meiner Begriffsschrift, […]

数の担い手は、事物の集積や事物の集合体や事物のシステム (ein Haufe, Aggregat, System von Dingen) ではなく概念なのであるという認識は、おそらく本質的には概念記法によって促進されてきたことでしょう。概念の代わりにその外延 (もしくは、私はこういう言い方もするのですが、対応するクラス (die zugehörige Klasse)) を選ぶこともまた可能です。あるいは私以前にはまだそれほどはっきりと区別されてはいなかったのかも知れないような、集積 (集合体、システム) とクラスとを私がこのように区別できるのは*5、思うに、私の概念記法のおかげなのです。

Frege自身で、概念の外延に対し、自らのなした正確な区別が、自分以前には行われていなかったであろうと考えています。


またFerreirósさんは言っています*6

FREGE gave the traditional connection between concepts and classes [=extensions of concepts] its most precise formulation, in the form of the principle of comprehension involved in “ law V ”of his Grundgesetze […].

Fregeにおいて、概念と概念の外延との間に関する伝統的関係が、最も正確に定式化されたのだ、とお考えであります。


漠然とした言い方で大まかな使われ方しかして来なかった概念の外延という観念を、Fregeは新しく鋳直したのではなかったでしょうか。Kantのa priori/a posteriori、分析/総合の概念をFregeが鋳直したということはよく知られていますが、概念の外延という古い論理学概念を数学的な論理学で取り扱えるまでに鋳直して見せたのは、Fregeだったのではないでしょうか。何だか個人的にそんなふうに感じるのです。極めて個人的にですが…*7


こうして見て来ると、最初でも記したように、岡本先生がRuffino論文を高く評価されたことには特別にいみがありそうです。Ruffino論文では、概念の外延が詳細に論じられていました。しかも他ならぬFregeにとっての概念の外延が、です。ただの概念の外延ではなく、Fregeの概念の外延が詳細にRuffino論文で分析されていました。Fregeこそが現代における概念の外延の観念を生み出したのかもしれません。もしもそうだとするならば、仮にそうだとするならばですが、他の誰でもないFregeの概念の外延を分析しているRuffino論文を繙読することは、現代において概念の外延を再考する者にとり、必須であるということになるのかもしれません。そのように感じた次第です。


以上、勘違いが過ぎたかもしれません。根拠のない話を長々としてしまいました。何だか話が自分でも大げさなように感じます。上記の内容に間違いがありましたら大変申し訳ありません。今後も勉強に精進致します。

*1:同書、346ページ。

*2:Orderの区別だとか、概念のMerkmalとEigenschaftの区別などなど。

*3:いたかもしれません。不勉強なもので、その辺りをよく知らずに放言しています。ちゃんと勉強して確認する必要があります。

*4:Gottlob Frege, Wissenschaftlicher Briefwechsel, Hrsg. von G. Gabriel, H. Hermes, F. Kambartel, C. Thiel und A. Veraart, Felix Meiner Verlag, Nachgelassene Schriften und wiss. Briefwechsel, Band 2., 1976, S. 111. 「書簡 2 フレーゲよりジャーデイン宛 1902年9月23日」、中川大、長谷川吉昌訳、『フレーゲ著作集 6 書簡集 付「日記」』、野本和幸編、勁草書房、2002年、190ページ。

*5:集積 Haufe、集合体 Aggregat、システム System、これら三つとクラスの大きな違いは、前者三つにおいてはそれら各々で含まれるものが推移律を満たすのに、後者においてはその含まれるものが推移律を満たさないという点にある。なお、Fregeの言うクラスと現在通常素朴集合論などで言われるクラスとは正確には互いに別ものである。両者がどう異なるかは話が脱線していくので、ここでは述べられない。

*6:José Ferreirós, “Traditional Logic and the Early History of Sets, 1854-1908”, in: Archive for History of Exact Sciences, vol. 50, no. 1, 1996, p. 17.

*7:以上の空想にはほとんど文献上の根拠がない。単なる私個人の印象にしか過ぎません。この印象がやはり単なる印象で終わるのか、それとも何らかの事実を幾分なりともすくい取っているものなのか、この点については今後勉強を続けて行き、確認してみたいと思います。忘れていなければですが…。