以下は、
- Gareth Evans ''Can There Be Vague Objects?'' in: Analysis, vol. 38, no. 4, 1978*1
の抄訳の抄です。全部を厳密に訳してしまうとまずいと思いますので、抄訳にします。抄訳にすると言っても、もともと1 page しかない論文なので、抄訳するのに困難を覚えます。でも、とにかく削れるだけ削り、その上で簡略化と改変を施しています。特に論文前半がそうです。それに、わかりやすさと滑らかさを考慮して、一部意訳しています。そこで今回の訳は、抄訳の、しかもその抄というわけです。原文の英語も簡単でとても短い論文なので、わざわざ訳すまでもないとは思います。それに今述べたように、この翻訳は抄訳の抄なので、下記の訳文を読んだだけで Evans 論文を読んだつもりにならないようにしてください。下の訳を読んでも読んだことにはなりません。簡略化と改変を施しているので Evans の論文と同じものではございません。必ず英語原文を読んでください*2。訳はそのための単なる補助にすぎません。上でも述べました通り、私は vagueness の専門家ではまったくありません。門外漢が訳しているのですから、誤訳している可能性が非常に高いです。繰り返しますが、絶対に英語原文を読んでください。それでピンとこないところがあれば、その時に限り、訳を参照してみてください。ただし、門外漢の拙い短縮改変版の訳ですから、眉に唾を付けながらお願い致します。間違った訳文を書いておりましたら、大変申し訳ございません。誤訳が含まれているようでしたら、訂正させていただきます。
曖昧な対象はあり得るか?ギャレス・エヴァンズ抄訳の抄
世界はそれ自体で曖昧 (vague) である、と言われることがある。曖昧さは、私たちが世界を記述する方法の不備に起因しているのではないというわけである。また、世界を記述している言明が曖昧である結果、確定的な真理値 (determinate truth value) を持たない言明に同一性言明がある、と言われることもある。これら二つの見解を合わせると、不明瞭な (fuzzy) 境界を持つ対象 (objects) を世界は含んでいる、ということになる。しかしこの考えは整合的だろうか。
'a' と 'b' を単称名 (singular terms) とし、文 'a = b' は不確定な真理値 (indeterminate truth value) を持つとしよう。そして不確定性 (indeterminacy) を表わす文演算子として '▽' を認めることにしよう。
すると、
(1) ▽( a = b )
である。(1) は b に性質 'x[▽( x = a )]'*3 を帰属させるという事実を伝えている。つまり
(2) x[▽( x = a )]b
である。しかし
(3) 〜▽( a = a )
であり、それゆえ、
(4) 〜x[▽( x = a )]a
である。だが、ライプニッツの法則により、(2) と (4) から次が出て、
(5) 〜( a = b )
これは我々の前提である、同一性言明 'a = b' は不確定な真理値を持つ、ということに矛盾する。
もしも「不確定的に (Indefinitely)」とその双対「確定的に(Definitely)」('△') が、S5 と同じ強さの様相論理を生み出すならば、(1) - (4) とライプニッツの法則により、各式に「確定的に」という演算子を前置してもよく、
(5') △〜( a = b )
を引き出すことができて、これは (1) と真正面から不整合となる。
繰り返しますが、誤訳しているようでしたらすみません。勉強し直します。
*1:この論文は、Gareth Evans, Collected Papers, Oxford University Press, 1985, および、Rosanna Keefe and Peter Smith eds., Vagueness: A Reader, The MIT Press, 1996 にも再録されています。以下の訳は、Analysis からのものです。
*2:2013年12月現在、net 上で誰でも無料で全文が閲覧できるようになっています。See http://analysis.oxfordjournals.org/content/38/4/208.extract.
*3:翻訳者註。ここで一つ目の 'x' の頭に横棒が付いていますが、英語原文では '^' が付いています。翻訳者の都合で横棒に代えてあります。以下同様。