最近、次の本を購入しました。
- Michael Frauchiger ed. Modalities, Identity, Belief, and Moral Dilemmas: Themes from Barcan Marcus, Walter de Gruyter, Lauener Library of Analytical Philosophy Series, vol. 3, 2015.
この本の中の
- Ruth Barcan Marcus ''A Philosopher's Calling''
という Barcan Marcus さんの自伝を読んでいると、「あっ、そうなんだ、それは知らなかったな」ということがいくつか書かれていました。それは、知っていても知らなくてもどちらでもいいことなのですが、そのうちの一つをちょっとここで記してみます。なお、そのことは瑣事に属しますから、読んでがっかりさせてしまいましたらすみません。(たぶんそうなると思います…。)
まず、次の二つの式は、現在よく知られていると思います。
-
- The Barcan Formula: (∀x)□Φ ⊃ □(∀x)Φ.
これらの式をめぐって、Barcan Marcus さんは以下のように述べておられます。私訳/試訳を付けておきます。その訳は誤訳している可能性が大なので、絶対に参考程度にしておいてください。誤訳、悪訳にお詫び致します。
I was in communication with philosophers who were based in the area [Chicago] and those who visited. There was Leonard Linsky in the Chicago department with whom I had many fruitful and continuing discussions. He later included my paper ''Extensionality'' in the Oxford readings, Reference and Modality. During that period, I met David Kaplan when he visited Chicago. He has remained a very insightful critic and a fast and loyal friend. Arthur Prior gave a seminar at the University of Chicago in 1962 which I attended. I believe it was Prior who coined the term ''Barcan Formula'' for an axiom about the mingling of modal operators and quantifiers, about which debate continues.*2
私はその地 [Chicago] を拠点にしていた哲学者、およびその地を訪れた人たちと連絡を取り合った。Chicago 大学の哲学部には Leonard Linsky がいて*3、私は彼と多くの実り豊かな議論を継続的に行なった。彼は後に私の論文「外延性」を Oxford リーディングズ 『指示と様相』に入れてくれた。その頃、Chicago を訪れた David Kaplan に会った。彼は今も非常に洞察力のある批評家で、誠実な親友であり続けている。Arthur Prior は1962年に Chicago 大学でセミナーを開き、私はそれに出席した。様相演算子と量化子の混ざったある公理に対し、「Barcan 式」という用語を作り出したのは Prior だったと思う。この式については今も議論が続いている。
Barcan Marcus さんがご存じのところでは、'Barcan Formula' という言葉は Prior さんが言い出したのですね。それは知りませんでした。そうだったんだ。まぁ、知っていてもいなくても、どちらでもいいんですけどね。あと、ご本人の記憶ではそうかもしれませんが、本当は違うということもあるかもしれませんので、裏を取る必要がありますね。これには他意はございません。Barcan Marcus 先生、気になさらないでください。
ちなみに Hughes and Cresswell さんの古い方の Introduction にも、新しい方の Introduction にも、'Barcan Formula' という言葉が最初に出てくるあたりとその註が載っている page には、この言葉を最初に言い出したのは誰なのかについては書かれていないように見えます。飯田隆先生の『言語哲学大全 III』でこの言葉が最初に出てくるところとその註を見ても、やはり誰が最初にこの言葉を使い出したのかは書かれていないように見えます。(ちらっと見ただけなので、見落としていたらすみません。)
ところで、たまたま自室の手に届くところに次の有名な論文の copy があったので、手に取って見ると、
- A. N. Prior ''Modality and Quantification in S5,'' in: The Journal of Symbolic Logic, vol. 21, no. 1, 1956
最初の page に以下のようにあります。
For our deduction of the Barcan formula CMΣxφxΣxMφx […]*4
この引用文最後の Poland 記法の式を、今風に直せば、
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- (1) ◇(∃x)φ(x) ⊃ (∃x)◇φ(x)
という感じになると思います。
さて、この式の対偶を取ると、
-
- (2) ¬(∃x)◇φ(x) ⊃ ¬◇(∃x)φ(x)
になります。ところで、¬(∃x) とあれば (∀x)¬ と書き換えてよく、¬◇ とあれば □¬ と書き換えてよいのでした。したがって式 (2) を書き換えると、まず
-
- (3) (∀x)¬◇φ(x) ⊃ □¬(∃x)φ(x)
になり、さらに書き換えを進めると
-
- (4) (∀x)□¬φ(x) ⊃ □(∀x)¬φ(x)
になります。
ここで φ(x) について見てみると、この式は (x に関する) 任意の式を表しますから、その式は ¬φ(x) も表します。従って式 (4) については、
-
- (5) (∀x)□¬¬φ(x) ⊃ □(∀x)¬¬φ(x)
と言うことができて、この式の二つの二重否定¬¬を消去すれば、
-
- (6) (∀x)□φ(x) ⊃ □(∀x)φ(x)
となります。そしてこの式の φ(x) の部分を Φ で表してやれば、
-
- (7) (∀x)□Φ ⊃ □(∀x)Φ
となって、これは最初に掲げた the Barcan Formula に他なりません*5。
以上の書き換え、導出からすると、Prior さんは遅くとも1956年には the Barcan formula を実際に扱っており、かつ 'the Barcan Formula' という言い方もされていた、ということになりますね。
なお、手元にあった次の本に関し、
- Walter Sinnott-Armstrong ed., in Collaboration with Diana Raffman, Nicholas Asher Modality, Morality, and Belief: Essays in Honor of Ruth Barcan Marcus, Cambridge University Press, 1995,
この本に載っている、the Barcan Formula を主題的に分析している以下の論文を斜め読みしてみました。
- Terence Parsons ''Ruth Barcan Marcus and the Barcan Formula.''
しかし読んでみたものの、誰が 'the Barcan Formula' という言葉を言い出したのかは書いていないようでした。ただ、Terence Parsons 先生によると、the Barcan Formula に見られるような様相と量化との絡み合いを史上最初に考えたのは、やはり Barcan Marcus さんだそうです*6。その際、ちょっと面白い言い方を Terence Parsons 先生はされていますので、脱線しますが、それも引用してみましょう。私訳/試訳も付けます。例によってこの訳は怪しいので、真に受けないようにお願い致します。先生の記しておられる註は省いて引きます。引用文中の '[ ]' は引用者によるものではなく、Terence Parsons 先生ご自身によるものです。訳文中の '〔 〕' は訳者によるものです。
A couple of decades later, modalities were being looked at seriously in modern terms by Lewis and Langford in 1932, and fourteen years after that Ruth Barcan published the first systematic treatise mixing logical modality and unrestricted quantification.
How do I know Marcus was first? My evidence is of three kinds. First, I've asked several knowledgeable people about antecedents, and I've searched some of the likely literature myself. That's the least conclusive part of the evidence. Second, I asked Marcus herself. Surely, given her fame in connection with the Barcan formulas, someone would have pointed out to her antecedents, had there by any. Nobody has. Third - and here is proof beyond Cartesian doubt: Alonzo Church says so. In his first essay on sense and denotation he says, ''The first systematic treatments [of modality in connection with quantifiers] are those of Barcan and Carnap (independent, and nearly simultaneous).'' This narrows it down to Barcan and Carnap, and Barcan published first.*7
数十年後の1932年、Lewis と Langford により、様相は現代の言葉で真剣に考察され、その14年後に Ruth Barcan は、論理的様相と無制限な量化を混ぜた体系的な論文を初めて刊行した。
Marcus が初めてだったと、どうして知っているのか? 私には三種類の証拠がある。第一に、幾人かの精通した人々に前例があるか、尋ねてみた。それに私自身でも、ありそうな文献のいくつかを探してみた。その結果はと言うと、〔「前例がある」という話はなく、かつ前例となる文献も見当たらなかった。しかし〕 これは三つの証拠のうち、最も決定力を欠いている部分を成している。第二に、Marcus 本人に尋ねてみた。Barcan Formula のことで有名だから、前例があったならば誰であるにしろ、きっと誰かがそれを彼女に指摘していただろう。だが誰も指摘していないとのことである。第三に、そしてこれが、Descartes の普遍的懐疑をもってしても疑い得ない確実な証拠である。すなわち、Alonzo Church がそう言っているからだ。彼の書いた sense と denotation に関する最初の論文で、彼は言っている。「[量化子との関係で様相を] 最初に体系的に取り扱ったのは、(独立かつほとんど同時だったが) Barcan と Carnap によるものである。」 これで Barcan と Carnap に候補が絞られ、そして Barcan が最初に結果を出版した。*8
上記引用文中で、Terence Parsons 先生が 'Third - and here is proof beyond Cartesian doubt: Alonzo Church says so' と言うのは、もちろん半ば冗談です。でも、まぁ、Church 先生がそう言うのなら、「さもありなん」という感じに確かになりますね*9。
もう一つ。次の文献について、
- Ruth Barcan Marcus ''Barcan Formula,'' in Hans Burkhardt, Barry Smith eds., Handbook of Metaphysics and Ontology, Volume 1: A-K, Philosophia Verlag, Analytica Series, 1991.
これは Barcan Marcus さん本人が the Barcan Formula を解説しているという点で、興味深く貴重かもしれません。'the Barcan Formula' という名称の由来を記しているかもしれません。しかしこれを読んでみたところ、名前の由来については何も書いてありませんでした。一応念のためにそのことをここに記しておきます。
これで終わります。さしたることを記したわけでもなく、退屈させてしまったと思います。申し訳ございません。含まれているであろう間違いについてもお詫び申し上げます。なお、言うまでもなく、用語 'the Barcan Formula' の起源を徹底的に調べたわけではありませんから、今回の報告は問題の一部を垣間見ただけのものにすぎません。今日の調査はまったく調べたうちには入らないと思いますので、本日の日記は極めて不完全な話であることを申し添えておきます。
いずれにせよ、誰が最初に 'the Barcan Formula' という言葉を言い出したのかはさておき、個人的には、Kripke さんの意味論とはまた別の、ある種の可能世界意味論について、勉強したいと近頃思っているところです。(もちろん Kripke さんの意味論の勉強も大切ですが。)
*1:Roy T. Cook, A Dictionary of Philosophical Logic, Edinburgh Univertsity Press, Entries, 'BARCAN FORMULA,' 'CONVERSE BARCAN FORMULA.'
*2:Barcan Marcus, p. 29.
*3:訳註: Leonard Linsky さんは、たぶんですが、当時 Chicago 大学の哲学部にいたんだと思います。そのためにこのように訳しております。間違っておりましたらすみません。
*4:Prior, p. 60.
*5:ここでの書き換え、導出に関し、参考となる証明としては、次を参照ください。L. T. F. Gamut, Logic, Language, and Meaning, Volume 2: Intensional Logic and Logical Grammar, The University of Chicago Press, 1991, p. 61. なお、今の導出とは逆に (7) を (6) として表せば、そこから遡って (1) へと至ることも可能ですから、(1) と述べることも (7) と述べることもどちらでも同じ、同値であるということになります。
*6:Terence Parsons, pp. 4-6. In particular, p. 6. 追記 2016年5月22日: 以下の文献の 216 page, 脚注18を見ると、John P. Burgess, ''Quinus ab omni naevo vindicatus,'' in his Mathematics, Models, and Modality: Selected Philosophical Essays, Cambridge University Press, 2008, p. 216, note 18, そこで the Barcan Formula について次のように書かれています。'The ''Barcan'' label is the more customary, the ''Carnap–Barcan'' label the more historically accurate according to Cocchiarella (1984) [''Philosophical Perspectives on Quantification in Tense and Modal Logic,'' in D. Gabbay and F. Guenthner eds., Handbook of Philosophical Logic, vol. II: Extensions of Classical Logic, Reidel, 1984.]' また、次の文献を開くと、Nino B. Cocchiarella and Max A. Freund, Modal Logic: An Introduction to Its Syntax and Semantics, Oxford University Press, 2008, その 129 page にこうあります。原文中の註を省きながら引用しますが、the Barcan Formula という principle について、'Rudolf Carnap was the first to argue for the logical truth of this principle, which he validated in terms of the substitution interpretation of quantifiers in his state-description semantics. Ruth Barcan assumed the formula as an axiom, but she did not argue for, or defend, that assumption, nor did she give any semantics for her system.' というわけで、Burgess さんや Cocchiarella さんが正しいとするならば、the Barcan Formula の重要な点は、Barcan Marcus 先生よりも Carnap さんの方がはやく理解していた、ということになりそうですね。私は詳細は未検討ですが、とりあえずこのような意見もあることをここに記しておきます。追記終り。
*7:Terence Parsons, pp. 5-6.
*8:訳者註: ここでは省きましたが、引用文の最後の部分に付された Terence Parsons 先生の註4によると、Marcus さんの論文は1945年9月に JSL に投稿され、Carnap の論文は同年11月に JSL に投稿されています。そして Marcus さんの論文は1946年3月に刊行され、Carnap の論文は同年6月に刊行されているようです。Terence Parsons, p. 11, note 4. 追記 2016年5月22日: 二つ前の註6の追記もご覧ください。追記終り。
*9:Church 先生のご高著 Introduction to Mathematical Logic の、数百におよぶ脚注の、その中における歴史に関する多数の註を思い出せば、「さもありなん」という感じがします。あるいは、Alonzo Church, ''A Bibliography of Symbolic Logic,'' in: The Journal of Symbolic Logic, vol. 1, no. 4, 1936, and Alonzo Church, ''Additions and Corrections to A Bibliography of Symbolic Logic,'' in: The Journal of Symbolic Logic, vol. 3, no. 4, 1938 を思い出せば、「さもありなん」という感じです。