『概念記法』の受容

  • Risto Vikko  “The Reception of Frege's Begriffsschrift”

に関する覚え書きを以下に記す。

この論文が出た当初、Fregeの『概念記法』の出版当時の反響は芳しいものではなかったのであり、何か余程の新資料を発見して示してみない限り、件の本の反響の不調を覆す論証はできはしないだろうし、したがって今さらその反響がどうだったかについての論文を読んでも何も得るものはないのではないかと思い、ぱらぱら眺める程度でcopyもせずよく読みもしなかったが、今回Fregeの『概念記法』を調べていることもあって改めて上記のVikko論文を読んでみた。
結果的には我ながら意外なことに2つのことについて勉強になった。


1.FregeとHusserl
FregeはHabilitationsschriftの5年後、31才で『概念記法』を出版している。その時はまだ無名の若い研究者であった。一方、HusserlはHabilitationsschriftの4年後、32才で『算術の哲学』を出版している。やはりその時はまだ無名の若い研究者であった。共に数学と哲学に強く、よく似た境遇にあったことがうかがえる。ここで『概念記法』と『算術の哲学』の出版当初の書評の数を比べてみると前者は6(あるいは7)であるのに対し、後者は2でしかない。しかも後者の書評数2のうち、そのひとつはFregeによるものである! Fregeの『概念記法』は反響が当初ほとんどなかったと私は理解していたが、そしてある意味それはその通りなのだが、単純に書評の数だけ比べてみるとHusserlよりかはずっとよいことがわかる。書評内容はさておきまったく無視されていたというわけでもないのですね。そうだったんだ。Husserlがかわいそうだな。


2.Fifty-Fifty
『概念記法』に対する6つの書評のうち半分の3つはそんなに敵対的な批評というわけでもなかったらしい。もちろん批判や反論をFregeに向けて放ってはいるものの、「注意深く書かれている」とか「関心を持つすべての人におすすめしたい」とか「賞賛に値する」とかほめられてもいる。Schroderは、明解で新鮮で鋭いコメントに満ちており、掲げられている例も的確である、例えばPrefaceがすばらしく書かれている、というようなことを述べている。繰り返すがもちろん反論も提起されている。しかし全面否定というわけではないようである。Fregeにとってはそれでもあまり理解されていないと感じたのかもしれないが…。特に書評のうちの残りの3つのうち、John Vennの評論は全面的に辛辣だったようである。全面否定は彼だけだったようである。
つまりこれらのVikkoさんによる報告から『概念記法』に対する評判は全否定一辺倒ではなく、そこには濃淡があったのであり、このgradationを無視して十把一からげに考えるのは歴史的事実を反映していないということである。
しかし当時は確かにそうだったかもしれないが、『概念記法』の革新性が明らかになった現代から振り返ってみると、概してその革新性が理解されていなかったということは否定しがたく感じる。このような中庸を得た評は

  • 野本和幸 『フレーゲ入門 生涯と哲学の形成』

の86ページにも見られる。