分析/総合の区別: Tarski と Quine

  • Paolo Mancosu  “Harvard 1940–1941: Tarski, Carnap and Quine on a finitistic language of mathematics for science”, in: Historyand Philosophy of Logic, vol. 26, no. 4, 2005

このMancosu論文を拾い読みしていると、面白い話が記されている。これは既にTarskiやQuineの専門家の方々には知られていることなのかもしれませんが。
Quineがいわゆる分析/総合の区別を排する論証をしていることは大変有名ですが、Tarskiはもっと昔にこの区別を拒否していたらしい。Carnapの日記によると、なんでも1930年にはTarskiはこの区別は‘a mere gradual and subjective distinction’と言っているらしい*1。またR.CreathさんによるとQuineがこの区別に疑念を抱き出したのは1940-41年頃にTarskiと件の区別について議論した辺りで、さらに疑念を抱くだけではなくQuineがはっきりとをこの区別を排したのは、やはりCreathさんによると1947年だとのことですが、MancosuさんはQuineがWoodgerさんに送った1942年の手紙を調査され、それによるとQuineは件の区別を自覚的に排したのは、遅くとも1936年のことだとわかるとのことです。というのもその手紙でQuineは件の区別の廃棄を彼の1936年の論文“Truth by Convention”で実行しているとの旨を示唆しているからです*2
ほぉ〜、う〜む、そうなんですか、うむうむ。

*1:cf. Mancosu, pp. 328-329.

*2:cf. Mancosu, p. 331.