入手文献: なぜ Russell 文庫は McMaster にあるのか?

  • Nicholas Griffin  “How the Russell Papers Came to McMaster”, in: Bertrand Russell Society Quarterly, Issue Number 123, August, 2004
  • ditto    “100 Hundred Years of Denoting”, in: Bertrand Russell Society Quarterly, Issue Number 124, November, 2004
  • G. Frege  “Frege’s Letters to Wittgenstein about the Tractatus”, translated, with an Introduction by Richard Schmitt, in: Bertrand Russell Society Quarterly, Issue Number 120, November, 2003

3本目は勁草書房の訳書に翻訳が出ています。


さて1本目について。
これは面白かった。Russell文庫がMcMasterにあることは知られていると思うのですが、一体またなぜMcMasterなんだろうと私も思ってきました。別に哲学的に重大な問題だ、という訳ではもちろんないので、その訳をわざわざ調べようとは思いませんでしたが、たまたまこの1本目の文献を見つけて読んでみると、Russell文書がMcMasterに購入されるようになった経緯にはすったもんだがあったようです。何だか紆余曲折があったみたいだ。これは当時の冷戦時代とベトナム戦争を反映した物語で、大げさに言うとこの話に何らかのアクション・シーンと恋物語を付け加えることができればハリウッド映画になりそうな感じである。そこには陰謀の香りさえ嗅ぎ取れる。これがRussellの話ではなくて、Einsteinの話なら本当にハリウッドが目ざとく飛びつくだろうと思う。
極簡単にかいつまんで散文的に経緯を記すと以下の様である。
McMasterの人文系のスタッフは何か目玉となるものがほしかった。一方Russellは自分の平和財団を立ち上げ、ベトナム戦争犯罪を裁く国際法廷を開こうと考えた。それにはお金がいる。そこで自分の書いたものなどを売ればお金になる。そこで買い手を捜す。いくつか候補が上がる。大英博物館、Cambridge UP、Chicago UPやHarvard UP、その他アメリカのいくつかの大学、などなど。最も有力だったのはUniversity of Texas at Austin。テキサス・オイルのお金に物言わせて買い取ることも可能だった。しかしここでちゃちゃが入る。Newsweek誌である。Newsweekはこの時、Russellが北ベトナムに自分の文書の売上を送金して北ベトナム側を支援し、反米的な活動を展開しようとしている、と根拠のないことをぶち上げた。するとそんな反米的な意図には乗れないとUniv. of Texasはじめ、アメリカの各大学が文書購入から手を引いてしまう。一体どのようなNews SourceからNewsweekがそんなことを言ったのかよくはわからない。Univ. of Texasに反共分子がいて反戦を唱えるRussellの邪魔をしようとしたのかもしれない。あるいは政府当局が干渉しようとした可能性もある。当局は何とかしてベトナム戦争犯罪国際法廷の開廷を阻止しようとしていた。この法廷は当初パリで開かれる予定であり、そのためアメリカ当局はフランスに圧力をかけていた経緯がある。こんな最中にたまたまカナダはMcMasterの無鉄砲なライブラリアンがRussell文書が売りに出されていることを新聞で読んで知る。行動力たくましいこのライブラリアンは大西洋を行ったり来たりして文書の売り主である平和財団と交渉し大学には金の工面の説得をして、他の買い手を差し置いて掠め取るように買収に成功する。しかし買い取ったものは反戦運動で物議をかもしているRussellの文書、大学が過激な反戦運動に加担していると思われることは大学当局にとっては得策ではなく、そのために細心の注意を払わなければならない。しかしマスコミはこの買取りをあれやこれやと書きたて、それに対しRussellは怒り、ライブラリアンはトラブルに巻き込まれる…。
と、まぁ大まかにまとめればこんな感じとなるわけです。小型の波乱万丈物語というところだろうか。筆力のある脚本家なんかに脚色させれば本物の波乱万丈物語になりそうだ。ただし以上は大まかなまとめですから正確には本文をお読み下さい。