文の Sinn とはその文の証明であることと Curry-Howard Isomorphism

久し振りに Stan や Joao, Astrud の演奏を聴きながら、
村上さんの『使い道のない風景』を読んでいる。
しばらく Bossa Nova を聴いていなかったので、
改めて聴くと、とても身体に沁みてくる。


最近 Jazz も Bossa Nova も聴いていなかった。
聴かなくても何とかすんでいた。
けれど、こうして聴いていると、
心と身体の緊張が解けて行くのがすごく感じられる。
とても、とても、疲れていたんだな、と思う。
Jazz や Bossa Nova を聴かないと、
心が殺伐となってくるみたいだ。


Stan の tenor が唄う中、稲越さんの写真を眺めている。
何だか昔のことが思い出される。
そんなに年食っている訳ではないけれど。