Russell in an Aeroplane Accident


  • W. V. O. Quine  ''Logical Correspondence with Russell,'' in: Russell: The Journal of Bertrand Russell Studies, New Series, vol. 8, nos. 1-2, 1988, Special Issue: Antinomies and Paradoxes: Studies in Russell's Early Philosophy.

すると、哲学には全く関係がないが、ちょっと面白いことが書かれていた。引用してみます。そして試訳を付けてみます。なお、試訳には誤訳が含まれていると思いますので、絶対真に受けないようにしてください。引用文中の ' ... ' は、Quine さんによる省略です。

In 1949 he [Bertrand Russell] wrote to me [W. V. O. Quine] in part as follows:

Thank you for … your paper "On What There Is" - a somewhat important subject. When I first sent my theory of descriptions to Mind in 1905, Stout thought it such rubbish that he almost refused to print it....

I was lucky in the aeroplane accident, as nearly half those on the plane ceased to be among "what there is".

Touching on that same harrowing experience on another occasion, Russell recalled that on entering the plane he had told the stewardess, "Let me sit at the back. I'll die if I can't smoke." It was lugubriously prophetic. The passengers in the forward seats drowned.*1

1949年に彼 [Bertrand Russell] は手紙をくれたのだが、その一部を記すと以下の通りである。

「論文「存在することについて」*2をありがとう。結構重要な主題ですね。1905年に Mind 誌に記述の理論の論文*3を最初に送った際、編集長の Stout には、印刷を拒否しようかというぐらいクズに思えたのでした…。*4


別の機会に同じこの悲惨な経験に触れながら、Russell は、飛行機に乗り込む時、「[喫煙 space のある] 後ろの方に座らさせてください。喫煙できないと、死んでしまうので。」*5と、ただ一人の stewardess に話していたと回想していた。まるで痛ましい事態を予言していたかのようである。前方の座席の乗客たちは溺れ死んだのだった。

ちょっと調べてみると、この飛行機事故は 'Bukken Bruse disaster' と呼ばれているようです。Russell は Norway の地方の町に、講演で出かけるため Oslo から飛行艇に乗ったようなのですが、この飛行艇が目的地の水上に着水しようとした際、悪天候のため着水に失敗し、ひっくり返って飛行艇の前方が水中に没し、先述の stewardess や前の方の席に座っていた乗客は亡くなり、後方の喫煙 room (?) の中にいた Russell たちは、そばに非常用の出口があったためか、命を取り留めていたようです。この情報は、Wikipedia 英語版に依るものです。次の page をご覧ください。

また、この事故で、Russell が乗っていたと思われる飛行艇の、事故後の写真らしきものが net で見つかりましたので、よろしければそれもご覧ください。次の page にあります。

なお、'Bukken Bruse disaster' の 'Bukken Bruse' とは、おそらく Norway 語か何かで、「ヤギのしわがれ声」だろうと思われます。元々は北欧の民話の題名から来ており、日本語訳された童話もあるようで、邦題は「三びきのやぎのがらがらどん」などとなっているようです。これは「三頭のヤギのガラガラ声をした子たち」といういみ合いのようです。なぜこのような民話の題名が、飛行艇の事故の名前になっているのかというと、以下のような感じです。問題の民話では、体格が小、中、大のヤギたちが、怪物 troll の住む川を、橋を使って渡るのですが、小、中、大の順番で渡っていく時、troll に食べられそうになっても、「次に来るヤギの方が大きいから、そっちの方がいい、自分は逃がしてくれ」と言って、小と中は troll をやり過ごし、大の時には大きな体格を活かして troll をやっつけるという話になっているようです。ところで今述べている飛行艇の事故では、この飛行艇はずんぐりとした胴体を持っており、そのような大きな飛行艇が、不幸にもその胴体の前半部分を、troll にでも食われてしまったような事故だったので、件の民話の題名を冠した事故名をしているものと思われます。

ところで、次の文献を見ると、Russell 自身によって、この事故の話がなされていました。

  • Bertrand Russell  Autobiography, Routledge, Routledge Classics, 2009 (Originally Published in 3 vols., in 1967-69), pp. 492-493.


 In the same year [1948] that I went to Germany, the [British] Government sent me to Norway in the hope of inducing Norwegians to join an alliance against Russia. The place they sent me to was Trondheim. The weather was stormy and cold. We had to go by sea-plane from Oslo to Trondheim. When our plane touched down on the water it became obvious that something was amiss, but none of us in the plane knew what it was. We sat in the plane while it slowly sank. Small boats assembled round it and presently we were told to jump into the sea and swim to a boat - which all the people in my part of the plane did. We later learned that all the nineteen passengers in the non-smoking compartment had been killed. When the plane had hit the water a hole had been made in the plane and the water had rushed in. I had told a friend at Oslo who was finding me a place that he must find me a place where I could smoke, remarking jocularly, 'If I cannot smoke, I shall die'. Unexpectedly, this turned out to be true. All those in the smoking compartment got out by the emergency exit window beside which I was sitting. We all swam to the boats which dared not appraoch too near for fear of being sucked under as the plane sank. We were rowed to shore to a place some miles from Trondheim and thence I was taken in a car to my hotel.
 Everybody showed me the utmost kindness and put me to bed while my clothes dried. A group of students even dried my matches one by one. They asked if I wanted anything and I replied, 'Yes, a strong dose of brandy and a large cup of coffee'. The doctor, who arrived soon after, said that this was quite the right reply. The day was Sunday, on which day hotels in Norway were not allowed to supply liquor - a fact of which I was at the time unaware - but, as the need was medical, no objection was raised. Some amusement was caused when a clergyman supplied me with clerical clothing to wear till my clothes had dried. Everybody plied me with questions. A question even came by telephone from Copenhagen: a voice said, 'When you were in the water, did you not think of mysticism and logic?' 'No', I said. 'What did you think of?' the voice persisted. 'I thought the water was cold', I said and put down the receiver.


 ドイツに行ったその同じ年 [1948年] に、対ロシア同盟に加わるよう、Norway 国民に働きかけることを私は期待されつつ、[イギリス] 政府は私を Norway にやった。私が派遣された先は Trondheim だった。天候は荒れていて寒かった。Oslo から Trondheim へは飛行艇で行かねばならなかった。飛行艇が着水した際、何かがおかしいことがわかったが、乗客は誰もそれが何だかわからなかった。飛行機の中で坐っていると段々沈み始めた。小さな boat がいくつか回りに集まって来て、ほどなくして、海に飛び込んで boat まで泳ぐように言われた。飛行機内の私の回りの乗客は皆そうした。後で知ったことだが、禁煙の compartment にいた19名の乗客全員が亡くなったそうである。飛行艇が海面に当たった際、穴が開いて水が流れ込んできたらしい。Oslo で、私の座席を探してくれていた友人に、喫煙できる席を一つ、何とか見つけてくれと言っていたのだが、私はおどけながらこう言っていた。「喫煙できないと、絶対死んでしまう。」 予想だにしなかったことだが、これが実現しそうになった。喫煙可能な compartment の乗客全員は、私の坐っていたそばの非常用の窓を使って脱出した。回りの boat は、飛行艇が沈む際に、引きずり込まれるのを恐れて、あまり飛行艇の近くまではあえて寄って来ていなかったのだが、皆それぞれの boat まで泳いでいった。我々は手漕ぎ boat に乗せられて、Trondheim から数マイル離れた岸まで運ばれ、そこから私は車に乗せられて hotel まで行った。
 誰もがこの上なく親切にしてくれて、衣服が乾くまでの間、bed に寝かせてくれた。ある学生の group なぞは、私の match を一本一本乾かしてくれさえし、何かほしいものはないか聞いてきたので、「そうですね、強めの brandy と、大きな cup に coffee を」と答えた。間もなく医師が一人到着して、これは全く正解だ、と言った。その日は日曜日で、Norway の hotel酒類の提供を認められていなかった。このことをその時私は知らなかった。しかし医療目的で必要だったので、反対されなかった。衣服が乾くまで着るようにと、牧師用の服を一人の牧師さんが持って来てくれた時、面白いことがあった。皆が私を質問攻めにしたのだが、ある質問なぞは Copenhagen から電話でかかってきた。電話の声が言った。「水中にいた時、「神秘主義と論理」について考えませんでしたか?*6」 「ええ、考えていませんね」と私は答えた。すると電話の主は食い下がった。「では何をお考えで?」 「冷たい水だなと思いましたね」と言うなり私は受話器を置いた。

先に引用した Quine さんの話や Wikipedia 英語版の話とは、少し違っていますね。いずれが正しいのだろう? まぁ、いいか。

以上、哲学には別段関係のない話なのですが、Quine さん宛ての Russell の書簡を読んでいて、「そんなことがあったんだ」と思ったので、ちょっと記してみた次第です。


*1:p. 229.

*2:"On What There Is" は、いわゆる岩波版では、「何が存在するかについて」と表題が邦訳されており、いわゆる勁草書房版では「なにがあるのかについて」と邦訳されています。ただし、この後の話との兼ね合いから、ここでは "On What There Is" の邦訳名としては「存在することについて」を採用しておきます。

*3:注記するほどのことではないでしょうが、''On Denoting'' です。

*4:この件に関しましては、当日記の2010年1月2日 ''Stout's Letter to Russell on Denoting,'' 及び2010年1月11日 ''Why Did Stout Require Russell to Rewrite His Paper ''On Denoting''?'' をご覧ください。

*5:ここでは「喫煙できないと」と訳しています。'if I can't smoke' の訳です。普通は「タバコを吸えないと/タバコが飲めないと」と訳されるかもしれませんが、確か Russell は通常タバコを吸うのではなく、pipe をくゆらせる人だったと思うので、もしもその場合、「(巻き)タバコを吸う」と訳すと事実に異なると思われますので、両義的な「喫煙」という言葉を使って、ここでは訳しておきました。

*6:英語原文では 'mysticism and logic' とあるだけで、'''Mysticism and logic''' とはなっていませんが、電話の声は、有名な論文のことを言っているのだろうと思われますので、和訳では論文名を表すように鉤カッコで括って訳しました。