On 'the,' or Keeping a Mistress

先日、以下の本を購入した*1

  • Philip E. B. Jourdain ed.  The Philosophy of Mr. B*rtr*nd R*ss*ll: With an Appendix of Leading Passages from Certain Other Works, Routledge, Routledge Library Editions: Russell, vol. 6, 1918 / 2013

この本に関する出版社の説明は、次のようです。

This skit of Bertrand Russell’s philosophy was originally published in 1918 by Russell’s correspondent friend Jourdain. The introduction explains that the contents purport to be lost papers written by Mr. B*rtr*nd R*ss*ll, a contemporary of Bertrand Russell. This politically humorous volume from the early 20th Century parodies the writing style of Russell as well as his theories.

一言で言うと、Russell の哲学や論理学を素材に使った witty な戯文集。とはいえ、結構真面目な内容。Russell の哲学や論理学に詳しい人は、楽しめる一冊。詳しくない人は、Russell の哲学や論理学を気楽に勉強できる一冊。でも、当時のイギリスの highbrow な人々には当たり前のことが、さりげなく文中に盛り込まれているみたいで、私には全然わからない固有名詞の類いが何の説明もなくしばしば出てきたりします。そのため、よくわからずにあまり勉強にならないかもしれません。それに、Russell の哲学や論理学以外のことも割と出てきます。以下で、比較的わかりやすいと思われるところを引用して、この本の雰囲気をご紹介致します。

次の

  • Chapter XXIV ''The''

の、冒頭部分を引いてみましょう。この chapter の題名からして変ですね。でも Russell の哲学を少しでもかじったことのある方、あるいはそもそもいわゆる分析哲学を勉強したことのある方なら誰でも何の話かすぐわかりますね。原文中に付されている註は省いて引用します。試訳も付していますが、参考程度にしてください。少し開き気味に訳しています。また、当時のイギリスの歴史的な事情に疎いので、この試訳は誤訳している可能性が極めて高いです。絶対に真に受けないでください。きっと無知をさらけ出しているはずです。試訳はあくまでも参考程度にしていただき、英語がちゃんと読める方は、英語原文だけをお読みください。誤訳しておりましたら申し訳ございません。

THE word ''the'' implies existence and uniqueness; it is a mistake to talk of ''the son of So-and-So'' if So-and-So has a fine family of ten sons. People who refer to ''the Oxford Movement'' imply that Oxford only moved once; and those quaint people who say that ''A is quite the gentleman'' imply both the doubtful proposition that there is only one gentleman in the world, and the indubitably false proposition that he is that man. Probably A is one of those persons who add to the confusion in the use of the definite article by speaking of his wife as ''the wife.''*2


語 ''the'' は存在と唯一性を含意している。だから、某が息子十人のいる立派な家族を持っているならば、''the son of So-and-So (某の息子)'' と語ることは間違いである。''the Oxford Movement (オックスフォード運動)'' に言及する人々は、かつて Oxford では宗教的な運動がただ一度だけしか起こらなかったということを含意しようとしている。加えて、口のうまい人々は、''A is quite the gentleman ( A は誠に紳士である )'' と言うことで、この世に紳士はただ一人しかいないという疑わしい命題を含意するとともに、その A とは他ならぬ自分であるという疑う余地なく偽である命題をも含意しているのである。おそらく A とは、自分の妻を ''the wife (ただ一人の妻)'' と言うことで、定冠詞の使用に関し、混乱を助長するような人々のうちの一人なのである。

この引用文中の 'Oxford only moved once;' は、単に「Oxord はかつて一度だけ動いた」と訳すべきなのかもしれません。あるいは「Oxford はかつて一度だけ引越しをした」と訳すべきなのかもしれません。その場合、引越しした先でできたのが Cambridge Univ. というわけです。しかし上記の試訳では、一応、オックスフォード運動という宗教改革運動に掛けて 'Oxford only moved once;' の 'moved' を訳しました。間違っていましたらすみません。


訳の細部はともかくも、何となく笑える文章であることは、おわかりになられたかと思います。たぶん一番笑わなければならない箇所は、引用文の最後の部分だと思います。A 氏には妾がいるわけですね。


最後に、改めて誤訳や誤解がございましたら謝ります。大変すみません。

*1:買った後で気が付いたのですが、この本の内容は、原本に見られる誤植を訂正したり、一部を修正したりしつつ、全文が net で無料で見ることができるようになっています。だから買うまでもないと言えるのかもしれませんが、でも、買えてよかったです。と言うのも、Russell の理論哲学を勉強していると、この本の名前はちょくちょく目にしますし、以前から気になっていましたから。それに随分前に大学の書庫で現物を一度手に取って眺めてみたことがあり、何となく懐かしく、何となく珍しく感じられたので、確保しておきたかったのです。

*2:Jourdain, p. 54.