A Digression from the Actual World to Possible Worlds

個人的な覚え書きを記します。


ついこのあいだ、以下の本を購入しました。

  • Ivan Boh  Epistemic Logic in the Later Middle Ages, Routledge, Topics in Medieval Philosophy Series, 1993/2014.

この本の入っている series, Topics in Medieval Philosophy には、次の有名な本も入っており、

  • Simo Knuuttila  Modalities in Medieval Philosophy, Routledge, Topics in Medieval Philosophy Series, 1993,

こちらは以前に購入して、ところどころ拾い読みしておりました。この Knuuttila 先生のご高著でよく知られるようになったことは、possible worlds semantics の基本的な idea が現れるのは、Leibniz を飛び越えて、Duns Scotus にまでさかのぼる、ということだろうと思います。有名な話なので詳しい話は控えます。直接言及している部分だけ引用しておきます。

It should be noted here that although Scotus' theory of modality can be characterized as an intuitive predecessor of possible worlds semantics, he did not himself use the notion of a possible world in a technical sense.*1


さて、この Knuuttila 先生のご指摘の後に、今度は Scotus を飛び越えて、possible worlds semantics の基本的な idea の起源が、さらにさかのぼる論文が出てきていることも、割と知られていることだろうと思います。次がその論文です。

  • Taneli Kukkonen  ''Possible Worlds in the Tahafut al-tahafut: Averroes on Plenitude and Possibility,'' in: Journal of the History of Philosophy, vol. 38, no. 3, 2000,
  • Taneli Kukkonen  ''Possible Worlds in the Tahafut al-Falasifa: Al-Ghazali on Creation and Contingency,'' in: Journal of the History of Philosophy, vol. 38, no. 4, 2000.

ずいぶん前にこれらの論文を copy して持ってはいるものの、私はまだ読んでいません。どうやらこれらの論文では、Al-Ghazali と Averroes が、世界の永遠性に関する議論の中で、世界の可能な在り方について検討しており、その際に、possible worlds semantics の先駆的な idea を述べているようです。なお、Averroes の the Tahafut al-tahafut には邦訳があるようで(邦題「矛盾の矛盾」)、平凡社の中世思想原典集成のイスラーム哲学の巻に掲載されているみたいです。またいつかこの邦訳を見て確認してみたいです。たぶんこの邦訳の中で Averroes は Al-Ghazali の the Tahafut al-Falasifa をたくさん引用しているみたいですので、この邦訳を読めば Al-Ghazali の the Tahafut al-Falasifa についても結構知ることができるかもしれません。


ここまでは個人的に大体既知のことだったのですが、本日もう少し調べてみると、Wikipedia, English edition の項目 'Possible world' の、section 'Possibility, necessity, and contingency' 末尾を見てみるならば、Fakhr al-Din al-Razi という12世紀の Islam の神学者も、possible worlds semantics の先駆的な idea をつかんでいたらしいことが書かれていました。時代的には Al-Ghazali が11世紀後半から12世紀初期、Averroes が12世紀初期からその世紀の終りまで、そして Fakhr al-Din al-Razi は12世紀後半から13世紀初期までを生きたようですので、Fakhr al-Din al-Razi の方が Al-Ghazali と Averroes たちよりも先に possible worlds semantics の idea をつかんでいたということはないと思われますけれども、この Fakhr al-Din al-Razi というかたも、例の idea をつかんでいた可能性があるみたいです。そのことが書かれている論文は次の文献のようです。

  • Adi Setia  ''Fakhr Al-Din Al-Razi on Physics and the Nature of the Physical World: A Preliminary Survey,'' in: Islam & Science, vol. 2, no. 2, 2004.

幸いこの論文は net 上で無料で誰でも読めるようになっているみたいで、私も DL させていただきました。私には不案内な内容を扱った論文みたいですので、まだ読んではおりませんが、PDF の論文のため、論文内を possible worlds semantics とその歴史的起源に関する単語でいくつか検索をかけてみたのですが、何も hit しません。もしかするとこの論文は、possible worlds semantics の歴史的起源を主題とした論文ではなく、その semantics の歴史に興味のある者が読めば、そこにその semantics の起源を読み取ることができるという類いの論文なのかもしれません。Abstract を読む限り、どうやら Al-Razi さんの自然観、宇宙観を調べた論文みたいです。

問題の神学者 Fakhr Al-Din Al-Razi さんを net で調べ、Wikipedia, English edition の、この人物名の項目を見ると、'Multiverse' という section があり、そこを読むならば、Al-Razi さんが多元的宇宙があり得ることを語っていたらしいことがわかります。Qur'an のなかの韻文に「神をたたえよ、諸世界の主を (All praise belongs to God, Lord of the Worlds.)。」という一節があるようで、この一節の「諸世界」をどのように理解すべきかが考えられ、Al-Razi さんによると、私たちの住んでいるこの世界とは別に、偉大なる神はいくつもの世界を作り出す力を持っているのであって、私たちの住んでいる世界の向こう側に無数の世界を神は作っているのだ、ということらしいです。このような多元的宇宙観が possible worlds semantics の基本的 idea と何か関係があるのかもしれません。何だか Lewisian Possible Worlds と少し似ているみたいですね。とすると、Al-Razi さんは、中世 Islam 圏の David Lewis なのだろうか? それとも David Lewis さんが現代の Al-Razi なのだろうか? まぁ、どっちでもいいのですが…。なお、私は Lewisian Possible Worlds については詳しいことは知りません、念のため。


以上で個人的な覚え書きを終わります。間違ったことを書いておりましたら誠に申し訳ございません。読み直していないので、誤字、脱字等がございましたらすみません。

*1:Knuuttila, p. 143.