2013年読書アンケート Leśniewski, Frege, Hilbert, Polish Logic, Leibniz, and Principia Mathematica

毎年、その年に入手した文献で、印象に残ったものの名をこの日記で記していますが、今回も2013年中に入手した文献で、個人的に「これはとてもよかった」と思えたものを六つ、以下に掲げてみます。そしてちょっと comment を添えてみます。文献名の掲載順については、特にいみはありません。最初に取り上げる本の話は、ちょっと長いです。


1.

  • Rafal Urbaniak  Leśniewski's Systems of Logic and Foundations of Mathematics, Springer, Trends in Logic, vol. 37, 2013

英語ではおよそ半世紀ぶりに Leśniewski の入門書、解説書が出ました。50年ぐらい前の1962年に Luschei 先生の The Logical Systems of Leśniewski という、Leśniewski の研究者ならみんなが知っている本が出ていましたが、それ以降、France 語の本を除いて、英語、ドイツ語では入門書らしきものは、たぶんなかったと思います (イタリア語、ポルトガル語スペイン語、ロシア語、北欧の諸言語や、ポーランド語での出版状況については詳しくないので、その方面は不明ですが…。)。実に久しぶりに出た Leśniewski の入門書が本書というわけで、慶賀すべきことと思われます。目次は次の通りです。

Chapter 1. Introduction
Chapter 2. Leśniewski's Early Philosophical Views
Chapter 3. Leśniewski's Protothetic
Chapter 4. Leśniewski's Ontology
Chapter 5. Leśniewski's Mereology
Chapter 6. Leśniewski and Definitions
Chapter 7. Sets Revisited
Chapter 8. Nominalism and Higher-Order Quantification

出版社の HP から内容説明の文を引くと、次の通りです。

    • Accessible introduction to Leśniewski's foundations of mathematics
    • Critical analysis covers Leśniewski's philosophical views as well as his contributions to mathematical logic
    • Exclusive focus on primary texts reveals the core principles of Leśniewski's work ​

This meticulous critical assessment of the ground-breaking work of philosopher Stanislaw Leśniewski focuses exclusively on primary texts and explores the full range of output by one of the master logicians of the Lvov-Warsaw school. The author's nuanced survey eschews secondary commentary, analyzing Leśniewski's core philosophical views and evaluating the formulations that were to have such a profound influence on the evolution of mathematical logic.

One of the undisputed leaders of the cohort of brilliant logicians that congregated in Poland in the early twentieth century, Leśniewski was a guide and mentor to a generation of celebrated analytical philosophers (Alfred Tarski was his PhD student). His primary achievement was a system of foundational mathematical logic intended as an alternative to the Principia Mathematica of Alfred North Whitehead and Bertrand Russell. Its three strands—'protothetic', 'ontology', and 'mereology', are detailed in discrete sections of this volume, alongside a wealth other chapters grouped to provide the fullest possible coverage of Leśniewski's academic output.

With material on his early philosophical views, his contributions to set theory and his work on nominalism and higher-order quantification, this book offers a uniquely expansive critical commentary on one of analytical philosophy's great pioneers.​


先日すべて読み終えました。非常に面白く拝読させていただきました。2013年に読んだ本で、一番楽しかった本です。このようにわかりやすい本が出てうれしいです。Luschei 先生の本は、ちょっとみっちりしすぎていて、読みづらいと思いますが、本書は200ページぐらいで分厚くなく、目次をご覧になられればよくわかるように、要領よくまとめられていて、受け入れやすいです。
Chapter 1. Introduction で、本書の見取り図を描き、Leśniewski の生涯の概略を述べ、Chapter 2. Leśniewski's Early Philosophical Views で初期の哲学的見解を詳説、Chapter 3 で Protothetic を、Chapter 4 で Ontology を、Chapter 5 で Mereology を解説し、Chapter 6. Leśniewski and Definitions で、誰が最初に (Poland において) 形式的理論における定義が満たすべき条件を明らかにしたのかについて追跡、Chapter 7. Sets Revisited で Leśniewski と Russell Paradox との関係と、Ontology で Set Theory を emulate する手立てを整え、Chapter 8. Nominalism and Higher-Order Quantification で Leśniewski の Nominalism を堅持したまま彼の quantifier に意味論を与える二つの既存の試みを紹介し、しかし著者はこれらを批判的に退けた後、著者自身の考える有望な意味論を提示し、その意味論に提起されるであろう哲学的疑問に対し、応答されています。

小気味よく簡潔に叙述されているので、とっつきやすく読みやすいと思いました (ただし私は全文を完全に理解しているというわけではございません。) 本書は入門書ですが、せいぜい Chapter 7 までが入門的内容で、最後の Chapter 8 からは初級を超えて、中級の域に達しているような感じがしました。この Chapter 8 は、著者の近年の研究成果が特に盛り込まれているようです。ですので、少し進んだ内容になっているように感じます。また、初めの方にある Chapter 2. Leśniewski's Early Philosophical Views は、かなり「テツガク的」な話が長く続きます。おそらく煩瑣な印象を受けると思います。この Chapter 2 の内容は、これ以降の chapter を読む際の前提とはそれほどなっておりませんので、あまり拘泥せずに読み進み、後でゆっくり読み返してみるといいと思います (私もこの Chapter 2 は、あまりこだわらずに読み進みました。)。Chapters 3, 4, 5 における Leśniewski の各体系の説明については、私は少し物足りなさを感じました。もっと詳しく説明してほしいと思いました。実際あまりページ数が割かれていません。たぶん Leśniewski の専門家の方ならば、簡単すぎると感じると思います。これは Leśniewski の業績の「きも」の部分なので、もっと space を使ってしっかりと説明してほしいところです。とはいえ、初めての人にはこれで十分かもしれません。生意気言ってすみません。

本書は Luschei 先生の本よりも、ずっとすっきりした語り口になっているので大変助かるのですが、この他にもう少し説明がほしいと思われる点について述べますと、Leśniewski の有名な無定義語 'ε' の説明が、わずかしかないです。通りすがりに一言二言述べているだけという感じであり、後は文中でそれとなくその特徴が語られていて、少なくともまとまった解説がなく、初心者だとこれでは大変わかりづらいと思います。少しかじったことがある人ならば何とかなりますが、頭の切れる Urbaniak さんは、「簡単なことだし、ちょっと考えればすぐわかるよね」という感じで思っておられるのかもしれません。さらに本書では、量化表現を含んだ式を自然言語で言い直す際に、しばしば使用と言及 (use and mention) の区別を破っていますが、これなども一言断っておかないと、読者を困惑させるか、あるいは「基本的な区別すら守っていない、こんなの間違っている」というように、強い反発を受けると思います。おそらく使用と言及の区別をわざと守らないのは、守らなくても言わんとしていることは読者に伝わるであろうし、厳格に守ろうとすれば瑣末になりすぎて、かえって伝わるものも伝わらなくなる、それに何よりも Leśniewski は筋金入りの nominalist だったのだから、量化表現を substitutional に読むことは、便宜的なものだとしても正当である、ということにあると思われます。しかしそのように一言述べておかないと、戸惑いを引き起こすだろうと感じられます。

この他に、気になる点を述べますと、各 chapter との連関が互いに少しゆるいように思われました。前の chapter を受けて、次の chapter が問題を引き継いで論を展開して行く、というふうにはあまりなっていないように思われます。もちろんそのようにはまったくなっていないとは言いませんが、ぐいぐい引っ張っていく drive 感がちょっと少なく思われます。Story のようなものがあまりないという感じです。よく言えば各 chapter を大体独立に読めるように思われ、その点便利かもしれませんが、悪く言えば France 料理の full course のお皿が全部一度に table に並べられているという雰囲気です。流れが少なく、ちょっとよどんだところがないとは言えないように思われます。これは個人的印象ですので、人によっては違った感じを受けるかもしれませんが…。

また、他に本書でもの足りなく感じた点を述べますと、私のように元々 Leśniewski に興味がある人は、本書を読んで、それだけで面白いと思うでしょうが、そもそも Leśniewski に全然興味がないか、あまり興味がないという人に本書を読んでもらった時、面白いと思ってもらえるのか、つまり「なるほど、Leśniewski はとても重要だ、こんなに重要なものを見過ごしていたとは。これはまずい、ぜひ Leśniewski を勉強しなければ」と思っていただけるのか、その点に関し、私個人は疑問を感じました。本書を読んで、Leśniewski をやらねばまずい、やるだけの価値は十分にある、と感じてもらえるのかというと、あまり感じてもらえないように思われたのです。例えば Leśniewski の systems は、以前の言葉で言えば、deviant なものではなく、alternative なものだろうと思います。かなりな程度、alternative だろうと思います。そうだとすると、わざわざ alternative なものに乗り換えねばならないとするならば、それだけ説得力ある議論、正当化が必要ですが、そのような正当化を行う議論がないように見受けられます。私が読んだところでは、最終章の Chapter 8. Nominalism and Higher-Order Quantification がより現代的な話題を扱っており、少し言い足すとそこでは、plural logic を base にしながら可能世界意味論を利用した様相論理と substitutional な interpretation を組み合わせることによって、Leśniewski's logic の代りとし、これにより、数学の nominalistic な形式化 (の準備) を展開されているみたいですが、Leśniewski's logic として plural logic を持ってくることはもちろん一見自然な感じはしますものの、この点に関し、実のところまったく自然ではなく、そもそも初めからそのような論理を持ってくることは完全に間違っている、と言って根本的な疑念を呈する論者もおり*1、ただでさえ Leśniewski の logic が今も viable だなんて信じていない人々がほとんどである中、くどいぐらいの正当化を施さなければ、この chapter での試みに読者は付いてこないと感じます。しかし著者本人もこの chapter で何度も断っている通り、そこでの試みは素描の段階を超えておらず*2、興味深い試みだとは思いますが、誰もがこの試みを引き継いで追究せねば取り残される、というような焦りを読者の心に生じさせるほどではなく、有無を言わせず人を巻き込んで行くものではないと感じられます (じゃあ代わりにあなたがそのような文章を書いてみなさいと Urbaniak 先生に切り返されれば、「すみません、できません」と答える他はないのですが…。生意気言ってすみません。私の要求は多すぎるかもしれません…。それにそもそも、先生は私の望んでいることをすべてきちんと書いているのに、私がそれを見落としているということもあり得ます。そうでしたら誠にすみません。読み直します。)。

あと、本書には結構、誤記、誤植があります。かなり多く感じました。私が気付いた範囲では、それほど致命的なものは、たぶんですが、なかったように思うのですが、全文を確実に理解した、というわけではなく、どんどん読み進めて行ったところもありましたので、致命傷をいくつか見落としているかもしれません (というか、知識不足でわからないところも多々ありました。特に最終章。)。ただ、些細な誤植が多いのは事実です。誤記に関しては、ちょっとがっくりくるものもありました。最終章の Chapter 8 では、何度か 'in this paper' に類した言葉が出てくるのですが (今思い出せるものでは、例えば、pp. 214, 217, 219), 「この論文」と言われても、どの論文なのかわからず、ちょっと考えてみると、どうやら本書のことを述べているようで、そうでないと話の筋が通らないようだし、たぶんこの最終章は著者が以前に書いた論文を基にして書かれているのではないかと思われて (実際 Chapter 6. Leśniewski and Definitions は著者の以前の論文を流用されている), ガクッと来ました。以前の論文を使うのはいいけれど、本に組み込む場合には直すべきところは直しておかないと、読んでいて困惑します。読者の心が離れます。

また誤植や体裁の不統一性に関しては、特に本書の半ばすぎ、Chapter 6 の末尾に付けられたその chapter の参考文献表の誤植は、もう壊滅的です。こんなに体裁がガタガタの文献表は見たことがないです。Style がぐちゃぐちゃなところがあまりにも多い。例えば、斜体であるべきところが正体になっていたり、正体であるべきところが斜体になっていたり、斜体と正体が混在していたり、大文字で始めるべきところが小文字で始まっていたり、comma が period になっていたり、意味不明の編者名が出ていたり (van Heijenoort さんのお名前が Heijfrom となっている), 文字化けがあったり、無関係な記号が紛れ込んでいたり、参照を指示されている文献の情報が、実際には表に載っていなかったりと、わけがわからなくなっています。

ちなみに、この参考文献表が含まれている Chapter 6 は、以下の論文を基にして書かれていて、

  • Rafal Urbaniak and K. Severi Hämäri  ''Busting a Myth about Leśniewski and Definitions,'' in: History and Philosophy of Logic, vol. 33, no. 2, 2012,

こちらの論文の参考文献表を見ると、この論文の表はちゃんとしています。ですので、今回の本にこの論文を流用する際に、どうかなってしまったようですね。


ただ、本書の誤記、誤植はどれも一読すれば、それとわかる軽微なものばかりだと思います。そのため、数はあるものの、そんなに深刻になる必要はないと思います。読んでいてすぐわかります*3。ただし、この本には論理式もいろいろ出てきていて、その中にも誤記、誤植、脱落がありますので、そちらの方により注意する必要がありそうです。

式中に誤植があるもので、印象に残ったものを一つだけ引いてみます。この後の式中で原文中、斜体になっている文字は、便宜上、正体にしています。以下同様です。

For instance, if one develops a standard set-theoretic semantics for Ontology (name variables range over the power set of the dmain of individuals etc.), something very much like the axiom of choice can be expressed in the language of Ontology by:

     ∃f ∀a, b( a ε b → f(b) ε a )          (7.22)*4

私は最初、この式を読んだ時、どのようにして選択公理になっているのか、よくわかりませんでした。どうも変だと思って続きを読むと、直後に次のように書いてありました。

which in the set-theoretic interpretation can be read as stating that there is an f such that for every non-empty set b, f(b) is an element of b (see Davis 1975 for details).*5

これを読んで、「ああ、そうか、上記の式(7.22) の右端の 'a' が正しくは 'b' なんだ」とわかり、念のため、Davis 1975 を調べてみると、その論文中で選択公理に対応する式がありました。次がそれです。若干簡略化して書きます。

ACε  [∃f]∴[Aa]: A ε a .⊃. f(a) ε a *6

今風に少し書きかえると

ACε'  ∃f∀A∀a( A ε a .⊃. f(a) ε a )

となります。

ここで選択公理を掲げてみますと、例えば、

Axiom of Choice (AC).  For any set x, there is a function f such that, for any nonempty subset y of x, f(y) ∈ y. (f is called a choice function for x.) *7

でした。これを式に直しますと、次のように書けるだろうと思います。

(AC)  ∀x ∃f ∀y ≠ ø ( y ∈ x .→. f(y) ∈ y )

今、y が空でないことを前提としておけば、すぐ上の式はさらに簡略化できます。

(AC)'  ∀x ∃f ∀y ( y ∈ x .→. f(y) ∈ y )

こうして (AC)' を、これに Ontology において対応する ACε' と比べてみると、両者が似ているとわかります。しかし (AC)' と ACε' は似てるものの少し違います。量化子の順序と式内条件文前件の名辞の順序です。選択公理についても Ontology についても私は疎いので、どうしてこのような違いが出てくるのか、よくは知りませんが、たぶんこのような違いが出てくるのは ε の特徴によるのだろうと、個人的に推測します。中でも ACε' の前件が、'A ε a' であって、'a ε A' とすれば (AC)' にもっと似るのに、にもかかわらず 'a ε A' ではなくて 'A ε a' になっているのは、'ε' を含む式についてはその主語に (左辺に), 単称名を取らねばならないことに由来しているのだろうと思います ('ε' を含む式では、その式を真とするためには主語に単称名を取らねばならないのです)。'A ε a' でなくて 'a ε A' だと、'a' は一つのものしか指さなくなり、複数のものを指すことができず、a から何らかのものを選択関数 f によって選び出すということに、事実上、いみがなくなってしまいます。しかし 'A ε a' だと、'A' は単称名ですが、'a' は単称名または一般名なので ('ε' を含む式が真となる際には、その「述語」(右辺) は単称名か一般名なのです), 'a' が複数のものを指す余地が生じます。実際具体的には、この 'a' は一般名であることが意図されています。ですから 'A ε a' であって 'a ε A' でないのは、'a' を一般名としたいがためであり、さらに言うと、'ε' を含む式が真であるためには、その左右両辺に来る名辞が空でないことを要求しますので、'A ε a' が真である場合には、A も a も空でないということであり、ということは、a を集合と見立てると、a は空集合ではない、何らかのもの A を含んでいるということで、選択関数が適用される集合 a は空集合ではない (a ≠ ø) という条件を満たすことにもなります。このような条件を満たすためにも、'A ε a' となっているのだろうと思います。この他に、(AC)' と ACε' の異同については検討してみなければならないことがあるでしょうが、選択公理に関しても Ontology に関しても私は無知なので、このあたりでやめておきます。間違っておりましたらすみません。


2014年2月3日追記:
今、Urbaniak さんのご高著にある証明を読み返していると、不用意な gap があるのに気が付いた。
本書の p. 168 で Theorem 7.2 という式が証明されている。この証明の1行目の

1. ∀a ¬aε★

は、p. 167 の Theorem 7.1 の11行目と同じである、と書かれています。その11行目とは次です。

11. ¬∃a aεcl(★).

これを同値変形すると、

11'. ∀a ¬aεcl(★)

ですが、ご覧のように 1. と 11'. は別の式です。同じではありません。ただし、11'. から 1. を引き出すことはできます。何回か同値変形したり例化したりすれば、11'. から 1. になります。しかし、本書の当該の箇所では何もそのことが書かれていない、触れられていません。実は、Rafal Urbaniak, ''Leśniewski and Russell's Paradox: Some Problems,'' in: History and Philosophy of Logic, vol. 29, no. 2, 2008, p. 125 には、11. から 1. への導出の hint が記されている。この後者の論文の p. 125 のその証明を読み、それから本書の証明を読み返していたら、「あれ、何かおかしいな?」と思ってよく見直すと、11. と 1. が同じ式だと不用意に記されており、11. から 1. への process がすっかり抜け落ちている。危ないですね。
追記終り。


というわけで、今回ご紹介しております Urbaniak さんのご高著は、よく理解せずに引用すると非常に危険だと思います。しかし、誤植がたくさんあるということをここまで書いてきましたものの、それでも本書は、読んでとても面白かったです。最初にも書きましたが、2013年に読んだ本で一番面白かったです。読んだ論文も含めても、一番面白かったです。読み終わるのが惜しかったです。久しぶりに読み終えるのが惜しいと思える本でした。ですから誤植は、ちょっと多いですが、そんなに気になりません。論理学の哲学や数学の哲学の本、論理学の教科書で誤植があっても、まぁそれほど気になりません。理解しながら読めば、誤植かどうか、わかるからです。また、誤植が割りとあるとわかれば真剣に読みますし、その分、力もつきます。これが深遠で難解な思想書であれば、非常に困ったことになるでしょう。誤植かどうかわかりませんので…。何にしろ、本書は極めて出来のよい本とは言えないまでも (生意気言ってすみません), よくまとめてあるし、simple であり、一次文献と二次文献の情報が非常に充実しており、(誤記、誤植を別にすれば) 読みやすく、何とか読みこなしてみたいと思わせる分量に絞られていて、私は Leśniewski の専門家ではありませんが、お勧めしたい本です。私にとって、本書はこれから何度も読み返すことになる本だと思います。そして今後、もっとよい点や、もっと悪い点が見えてくるようになると思います。

なお、本書は

  • Rafal Urbaniak  Leśniewski's Systems of Logic and Mereology; History and Re-evaluation, A Thesis Submitted to the Faculty of Graduate Studies in Partial Fulfillment of the Requirments for the Degree of Doctor of Philosophy, Department of Philosophy, University of Calgary, Alberta, April, 2008, Advisor, Richard Zach,

を基にして書かれているもののようです。この thesis をまだ読んではいませんが、目次を見ると本書と結構似ており、中を少し見ると、やはり似ているような印象を受けました。

以上の記述に関しまして、私の誤解や勘違い、無理解や無知な点、誤記などがございましたら謝ります。誤植でないものを誤植と思い込んでおりましたらすみません。この日記では今までも誤記、誤解は多数含まれていたと思います。人のことはまったく言えません…。


2.

  • Gottlob Frege  Basic Laws of Arithmetic, Philip A. Ebert and Marcus Rossberg tr. and eds., Oxford University Press, 2013

この文献は、その重要性について、多言を要するものではないと思います。ですので、多くを語らずにすませます。それに私はまだほとんど本書を読んでいないので、実際何かを言えるようなことが特にあるわけでもないのですが、この本で一つよかったことを述べますと、それはこの本で Frege の論理記法がそのまま掲載されているということです。現代の論理学の表現に書き直したりせず、特殊な記号なども現代風に書き換えたりせずに、記されていることです。そのようにした理由として三点、翻訳者によって挙げられています*8。一つ目は、Frege がこの本の中で自身の論理記法に関し、詳細な説明を加えていますが、もしも彼の論理記法を全部現代風に改めてしまったら、Frege による自分の記法の説明が意味をなさなくなってしまいます。二つ目は、現代の記法は丸カッコを使って記しますが、Frege の複雑な二次元的論理表現を、丸カッコを使用しながら現代の一次元的な表現に直すと、ものすごい数の丸カッコを使わねばならず、そうするとその表現の構造を読み取るのに非常な困難をきたす、ということです。たとえ丸カッコを減らす工夫を凝らしても、あまり改善されない、ということがあります。三つ目は、Frege の論理記法は現代の論理学の表現と、重要な点で異なる、ということです。にもかかわらず、Frege の記法をすべて現代のものに置き換えてしまうと、この差異が見えなくなってしまう、ということです。
私が思うに、これら三つのうち、特に重要なのは三つ目の理由です。これが一番大事だと思います。Frege の記法と現代の記法は、本質的に異なると考えられます。この点については Gregory Landini 先生や Alessandro Bandeira Duarte 先生が以前から説得的に指摘されており、当日記でも時々言及している話題です。私たちは Frege の記法を、その記法のままで理解する必要があると思います。さもなければ anachronism に陥る可能性が大変高いと思います。あるがままを理解する必要があると思うのです。なおこの点に関し、訳者の先生方が、本当に Frege の記法を理解できているのかどうか、疑うわけではありませんが、検討の必要があります。私はまだ本書をよく読んでいませんので、これは未検討のままです。いずれ検討してみたいです。それに本書の訳は適切なものかどうかも、疑うわけではありませんが、私にはまだ不明です。立派な本として、ようやく刊行されましたが、どこもかしこもうまく訳されているのか、それともひどい訳があちこちに目立つのか、これは冷静に調べてみる必要のある課題です。ですから、私はこの本の刊行を手放しで喜ぶことはまだできません。もちろん、そうできることを祈っておりますし、きっとそうできるものと思います。


3.

  • William Ewald and Wilfried Sieg eds.  David Hilbert's Lectures on the Foundations of Arithmetic and Logic 1917-1933, Springer, David Hilbert's Lectures on the Foundations of Mathematics and Physics, 1891-1933 Series, 2013

この文献も、贅言は必要ないと思います。長い間、刊行が待たれていた本だと思います。


4.

  • Kevin Mulligan, Katarzyna Kijania-Placek and Tomasz Placek eds.  The History and Philosophy of Polish Logic: Essays in Honour of Jan Woleński, Palgrave Macmillan, History of Analytic Philosophy Series, 2013

Polich logic 関係は以前から好きなので、この本は入手できてうれしいです。


5.

  • Ralf Krömer and Yannick Chin-Drian eds.  New Essays on Leibniz Reception: In Science and Philosophy of Science 1800-2000, Birkhäuser, Publications des Archives Henri Poincaré / Publications of the Henri Poincaré Archives, Science Autour de / Around 1900, 2012

この本は2012年の刊行物なのですが、2013年になってこのような本が出ていることに気が付いて、1年遅れで入手。とは言え、2012年の暮れには、このような本が出ていることを、本当は私は知っていたはずなのです。と言うのも、その年の暮れに、稲岡大志、「ライプニッツ数理哲学研究の現在」、『ライプニッツ研究 Studia Leibnitiana Japonica』、第2号、2012年11月、という短い報告文を拝読しており、その中で本書のことが少し出てきているのです(159ページ)。ですから、本書については知らなかったはずはないのですが、すっかり見落としておりました。本書の内容をほぼ一言で言えば、Leibniz の logic (や数学など) がどのように受容されてきたのかが、諸家によって論じられている、というものです。個人的に興味を感じる話題です。


6.

最後に、私はまだ入手できていない本なのですが、2013年末に刊行された興味深い本を掲げます。

  • Nicholas Griffin and Bernard Linsky eds.  The Palgrave Centenary Companion to Principia Mathematica, Palgrave Macmillan, History of Analytic Philosophy Series, 2013

この本は、予約注文を入れているのですが、私はまだ確保できていません。しかし、この本は既に刊行されており、先日現物を手に取って中を見る機会がありました。予想通り、とても面白い内容が詰まっています。その内容は、出版社の HP によると以下の通りです。

Contens

Introduction: Nicholas Griffin and Bernard Linsky


PART I: THE INFLUENCE OF PM
1. Principia Mathematica: The First Hundred Years; Alasdair Urquhart
2. David Hilbert and Principia Mathematica; Reinhard Kahle:
3. Principia Mathematica in Poland; Jan Wolenski


PART II: RUSSELL'S PHILOSOPHY OF LOGIC AND LOGICISM
4. From Logicism to Metatheory; Patricia Blanchette
5. Russell on Real Variables and Vague Denotation; Edwin Mares
6. The Logic of Classes and the No-Class Theory; Byeong-uk Yi
7. Why There Is No Frege–Russell Definition of Number; Jolen Galaugher


PART III: TYPE THEORY AND ONTOLOGY
8. Principia Mathematica: φ! versus φ;Gregory Landini
9. PM's Circumflex, Syntax and Philosophy of Types; Kevin Klement
10. Principia Mathematica, the Multiple-Relation Theory of Judgment and Molecular Facts; James Levine
11. Report on Some Ramified-Type Assignment Systems and Their Model-Theoretic Semantics; Harold Hodes
12. Outline of a Theory of Quantification; Dustin Tucker


PART IV: MATHEMATICS IN PM
13. Whatever Happened to Group Theory?; Nicholas Griffin
14. Proofs of the Cantor–Bernstein Theorem in Principia Mathematica; Arie Hinkis
15. Quantity and Number in Principia Mathematica: A Plea for an Ontological Interpretation of the Application Constraint; Sébastien Gandon

このうち特に Part I の諸論文、中でも Urquhart 先生と、Woleński 先生の論考を試しに覗き見てみると、滅法面白そうです。早く現物を確保して読みたいです。可能ならばその内容の一部をこの日記で後日ご紹介したいと感じています。ほんと、早く読みたいな。


PS

以上の他にも、重要でかつ面白そうな文献は色々とありましたが、ここまででもう話が長くなっていますし、面白そうな文献の list も長くなってしまいますので、やめておきます。また、本日の記述において、誤解や無理解や誤記、脱字などがあればすみません。

*1:一般に Leśniewski は自身の systems に複数のものを同時に指す plural terms を許容し、それ故、彼の systems は plural logic に親和的であると考えられていると思いますが、Alex Oliver and Timothy Smiley, Plural Logic, Oxford University Press, 2013, pp. 22-25 では、definite plurals/plural definite descriptions (e.g., 'the authors of Principia Mathematica') に関する限り、Leśniewski が全面的に plural terms を容認していたという文献的証拠はなく、plural terms を絶対に singular terms に還元していなかったはずだとは言えないので、彼は plural terms を認める pluralist に数え入れることはできない、と主張されています。もしも Oliver and Smiley 両先生のおっしゃることが正しいならば、Leśniewski's logic を当たり前のように plural logic で代用しようという考えは、再考の必要性が出てくるでしょう。現在の私自身は、Leśniewski が pluralist か否か、判断が付きません。また、今言及した Oliver and Smiley, Plural Logic, pp. 22-25 における Leśniewski's Ontology の、両先生による特徴付け「Leśniewski の system は、Boolean algebra の一種にすぎない」という見解は、既にかなり昔に Leśniewski の専門家によって否定されている、または疑義が呈されているので、両先生による Leśniewski の理解をそのまま無批判に受け入れることは、今の私にはまだできない状態でもあります。Leśniewski の systems と (特に Tarski, Stone 以降の現代的な) Boolean algebra との関係について、私は不案内なので、今後、勉強して行きたいです。

*2:とはいえ、この chapter は初級以上の知識が必要な話になっていると思いますし、著者としても決められた page 数に話を抑えなければならないとうような制約があったのかもしれません。

*3:悪く言い換えれば、本書においては単に一通り読み通すというような校正さえなされていない、ということでしょうが…。

*4:Urbaniak, p. 172.

*5:Urbaniak, p. 172.

*6:Charles C. Davis, ''An Investigation Concerning the Hilbert-Sierpiński Logical Form of the Axiom of Choice,'' in: Notre Dame Journal of Formal Logic, vol. 16, no. 2, 1975, p. 156.

*7:Elliott Mendelson, Introduction to Mathematical Logic, 5th ed., Chapman & Hall/CRC Press, Discrete Mathematics and its Applications Series, 2010, p. 279. We here slightly modified Mendelson's formulation of AC.

*8:Philip A. Ebert and Marcus Rossberg, ''Translators' Introduction,'' in Gottlob Frege, Basic Laws of Arithmetic, Philip A. Ebert and Marcus Rossberg tr. and eds., Oxford University Press, 2013, pp. xxix-xxx.